2.
梵天の部屋に戻るなり、小十郎は盛大な溜息を吐く。
そんな様子に、小さな背中がびくりと揺れる。
梵天は、夕餉の時間までこってり小言を言われるだろうと覚悟を決めて、小十郎を恐る恐る見上げたのだ。
「梵天丸様・・・」
「!おう・・・っ」
だがばつの悪そうな顔をしていたのは小十郎の方で。
「?」
「・・・申し訳ありません・・・」
頭の上に疑問符を浮かべている梵天に、そのまま言葉を続ける。
「そろそろ、梵天丸様に性の事をお教えせねば、とは思っておりました・・・ですが、いつまでも無垢な梵天丸様でいて頂きたいと思う心が、決断を鈍らせておりました・・・」
小十郎は梵天の疑い通り、“性”に関する書物を避けていたのだ。
「ん・・・ああ、別にいーけど」
今まで秘密にされていた事に憤りを感じるものの、時宗丸のあてにならない説明より、自分より十も多く生きている小十郎の説明の方が正確だろうと判断したようだ。
「で?教えて」
梵天丸は、知識欲を全開に、きらきらと瞳すら輝かせて聞いてきた。
「・・・・・・・」
だが依然言いにくそうに目を泳がせている小十郎。
小十郎は、これからする事が本当に正しい事なのかと計りかねていたのだ。
だが・・・もう精通してもおかしくない年頃の主に、教えないわけにもいかないだろう。
何も知らないまま夢精をするような事があれば、驚き恐ろしく感じてしまうかもしれない。
「小十郎?俺はお前に教えてほしい」
そんな言葉に胸が高鳴ってしまった。
まっすぐに見つめてくる顔に、いよいよ頬まで紅潮してきてしまう。
「おまえ、大人のくせに何恥ずかしがってんだ!さてはあんまり詳しく知らないんだろー?」
動揺の理由を勘違いした梵天がにやにや嬉しそうにからかってくる。
―――そんなわけあるはずないじゃないですかっ
さすがにもう良い年で、経験もそこそこある小十郎だったが、自分が一番大切に思っている梵天に“性”の話をする事に平静ではいられない。
衆道の気があるわけではないが、相手が梵天丸となればはっきりいって話は別なのである。
「小十郎〜〜っ?!」
気付くと、待ちくたびれたというように口を尖らせている主と目が合う。
「ああ、もう、わかりました。・・・ご説明差し上げます」
「おう。 だから早くしろって」
もうどうにでもなれ、と小十郎は説明を始めた。
3.
梵天にとって初めて聞く未知の世界ともいえる話は、非常に興味深いようで。
「すげぇな・・・そんな仕組みになってたのか・・・小便をする事以外の使い道があったとはな」
「はしたない物言いはやめてください・・・梵天丸様・・・」
お前の方がよっぽどはしたない話してるじゃねーか!と至極楽しそうにしている。
「なあ、小十郎のは、もうちゃんとでるんだよな!」
「は・・・?」
「せいs・・・もがっ」
小十郎は涙さえ流しそうな情けない顔で梵天の口を手で塞いだ。
「む・・・ぐぐ、ぷは、何すんだよ!」
「そんなお可愛らしい顔ではしたない言葉ばかり連発してくださいますな・・・」
やはりこんな説明をしなければならない日がこなければ良かったのにと、思わずにはいられない。
余計な質問をさせないようにと、梵天の口を再度手で覆いながら一方的に話を続けた。
「ですから今後、朝目が覚めてそのような状態になる時がきます。 ご病気ではないのでご安心めされよ。そしてその時はお恥ずかしい事はありませんので、すぐ小十郎をお呼びください」
大概小十郎が朝起こしに来ているのだから、他の者に知れる心配もないだろう、と、来たるべきその日の事を、ふと想像した。
『こじゅ・・・なんか、しろいの、でたぁ・・・ぐす・・・うぅっ、』
小十郎は一瞬頭が床に引き寄せられるかと思った。
自らの妄想に、卒倒しそうになったのだ。
明らかに現実よりかなり幼く、可愛らしかった頃の梵天丸での想像になっていた。
さすがに、あんな反応にはならないだろう、せいぜい・・・
『小十郎! とうとうでたぜ! 俺のせいs』
・・・・・・・・・
現実的な想像をしてしまって少しへこんでしまったのは言うまでもない。
いや、でもわからない。
なにせ今まで全く経験のなかった事。
梵天丸も、動揺して可愛らしい反応をみせるかもしれない、などと張本人をそっちのけですっかり物思いに耽ってしまった。
「なあ・・・こじゅ」
「え? は、はい」
ようやく我に返り主を見て、目を見張った。
なぜだか、小十郎の膝に手をつき下半身を覗き込んでいる。
「ぼ、梵天丸様?!」
慌てて小さな身体から距離を離そうとすると、そのままの体勢で上目遣いでにっこりと笑みを浮かべ・・・
「お前、勃ってるぞ」
小十郎は声にならない絶叫をした。
そんなにも愛らしい顔で言う事じゃねえ!
と的外れな突っ込みがぐるぐるとまわっていた。