1.
ごそごそ・・・
ごつっ
「いっ・・・て」
「あ、わり!梵・・・当たった?」
「ん・・・平気」
ごそ・・・
「あった!あったよ!梵!!」
薄暗い書庫。
棚に積まれている本の山の中、小さな梵天丸と時宗丸は、もぞもぞとあちこちをひっくり返していた。
時宗が得意気に持ち出した書。
絵画つきの書物で、なにやら絡み合う男女が描かれている。
「うっわ!すげ・・・」
「・・・・・・」
赤面をして興奮する時宗丸の肩越しに、その書物を覗き込む。
始まりは昨日の夕方だった。
普段梵天が過ごしている離れへ、時宗丸が訪れた。
小十郎に武術の稽古をつけてもらい汗を流した直後だったので、その姿を見つけた時はげんなりとした顔を隠さなかった。
「ちょっと、梵!せっかく遊びにきたのに酷いよ!!」
「だってお前・・・暑苦しいんだもん」
「ひど・・・っ!」
会おうと思えばすぐに会える敷地内にいる従兄弟。
再会の感動があるわけでもないので、適当にあしらおうとする。
「これから湯殿行くとこなんだけど」
「えー!折角面白い話持ってきたのに!」
「・・・なに?」
梵天は小さく溜息をついて、仕方なく訊ねる。
時宗の話によると、屋敷の書庫の中に卑猥な書物が隠されている、との情報を得たらしい。
それを今から探しに行こう、というのだ。
梵天はその場で立ち止まって考え込む。
卑猥な書物だけが気になったわけではなかった。
もともと知識欲の塊のような一面のある梵天は、書物をたくさん読んでいる。
だが、書物は小十郎か女中が取ってくる為、書庫には未だ足を踏み入れたことがなかったのだ。
以前一度、書庫について行くと言った時、
「たくさんの棚がありますし、まだお小さい梵天丸様にはお手の届かない所もあります。薄暗いので万一怪我をされたら大変です」
と小十郎に諭されたのだった。
それをどの位前に言われたかは忘れてしまったが、その時より少し背も伸びたし、薄暗いと言われれば近づかないような年ではない。
梵天は、一度好奇心を刺激されれば興味をひかれるのはあっという間だ。
だが、今は早く汗を流したいし、着ている物も取り替えたい。
湯殿の入口には、小十郎が既に着替えを用意してくれているはずだ。
「じゃあ、明日だ。今日はもう少ししたら暗くなってしまうだろう? 書庫で何か探すなんて無理だからな」
夜の闇に作業を遮られては適わない。
どのくらいの書物があるのか、種類はどれだけ豊富なんだろうか、などと思いを巡らせて、いつの間にか楽しみにしている自分がいた。
「ちぇー・・・わかったよ!約束だからな!」
時宗は残念そうにしながらも、梵天が乗り気になった事がわかって、ひとまず退散していった。
そして翌日になり、書庫へ乗り込んだわけだ。
「うわ・・・こ、これどうなってんのかなあ」
時宗の指差す先を見れば、互いに足をずらすように重なりあっている男女の画。
「・・・なんか・・・蟹みてぇだな・・・」
「何言ってるんだよーこれは“睦みあってる”って言うんだぜー!」
一つ年下の従兄弟は、さも得意気に説明を始める。
梵天は、幼い頃から隔離されるように過ごしてきている為に、接しあう人間といえば大半が小十郎だ。
知識を補う為にたくさん書を読んだが、この手の事への知識は皆無に等しい。
今思えば、小十郎が意識的に遠ざけていたのだろうと予想はつく。
―――あいつ・・・。時宗が知っていて俺が知らないなんて、年上なのに恥じゃねぇか!
だが、もともと根は素直な一面もある梵天は、時宗の説明を黙って聞く事にした。
「こうやって、女子の股の中に入れる事を“睦みあう”って言うんだって! すげー気持ちいいらしーぞ!」
「ふうん・・・気持ちいいのか」
思った程の反応が得られない梵天に、これならどうか、と時宗は話題を変えてくる。
「梵は、自分で、ここ、いじってみたことある?」
「は?」
「だーかーらー、ここ!」
時宗は、あろう事か梵天の股間に触れてきた。
物心ついてからは、他人に触られた記憶などないソコに触れられて、一気に頭のてっぺんまで血が昇るようだった。
「おま、え!なに触ってんだよ!!!」
「梵、いじった事ないんだ?」
今度は触れるだけでなく掴む勢いの時宗に、心底うろたえる。
「や、やめ、ろ!!!」
「梵天丸様っっ??!」
急に部屋の中が眩しくなり、書庫の戸を誰かが開け放ったのだとわかった。
そして、それが誰なのかも。
「げ!小十郎!!」
時宗丸は、見る間に顔色を変える。
入口に鬼の形相で立っていたのは、梵天の傅り役の男。
小十郎は梵天丸が絡むとまるで容赦がなく、時宗はそれをよく知っていた。
「何をなさってたんで?」
低い呻き声で訊ねられるやいなや、半べそをかきながら時宗は逃げた。
「ぼ、梵だって同罪なんだからなーっ」
取り残された梵天丸。
足元には先ほど時宗が夢中になっていた、いかがわしい本。
仁王立ちのまま固まっている小十郎。
自分も逃げ出せたらどんなに良いことか、と梵天は視線も上げられずに嫌な汗をかいていた。