「全く、初めからこれが目的だったのですな」
「お前が俺の機嫌をとる為にごますりやすいようにっていう優しいお膳立てだろ?有難く受け取れよ?」
夕方になり夜店がちらほらと軒を並べ、本格的に祭りが始まっていた。
「・・・では有難く」
やれやれと笑った小十郎が、す、と手を差し伸べてくる。
「?」
「皆に怪しまれぬよう、振る舞いませんと」
そのまま手をとられ、繋いで歩くという事だとわかって、少し気恥ずかしくなった。
想いを通じ合わせた恋人同士とはいえ、たまに夜を共に過ごす事くらいでしかその時間を共有する事ができない。
男同士、身分、主従の間柄、どれをとっても自分達を祝福するものなどないからだ。
手を繋いで歩くなど子供の頃以来で、当然恋人になってから初めてである。
小さな祭りと聞いていたが、思ったより屋台が並んで灯りもたくさん灯されていた。
「何か召し上がりたいものはございますか?」
いつものように半歩後ろについているのではなく、手を繋ぎ並んで歩く事がくすぐったい。
「林檎の飴」
周りの人通りも多くなっていたので、控えめな声で話す。
「毒見できる物にしてくださると有難いんですがね」
少し困った顔の小十郎はお構いなしで、目当ての屋台に向かう。
「林檎飴だって毒見できるだろ?最初にお前が舐めればいい」
「ですが・・・」
有無を言わさず屋台の前で無言で指させば、すぐに中の商売人が「1本かい2本かい?」と聞いてきた。
「・・・1本くれ」
仕方なく林檎飴を買う姿を楽しげに眺める。
一通り買いたいものを買うと、少しでも人目を避ける為に神社の裏手まできた。
「政宗様?足が痛みますか?」
慣れない女物の履物だったせいだろう、鼻緒がきつ過ぎたようで長時間すれていたそこはうっすらと血が滲んでいた。
「あーこんなの大したことはねぇけど」
「いいえ。小さな傷でも血がでていれば痛みましょう」
神社の敷地内にあった丁度良い高さの岩に腰を掛けさせられる。
小十郎はすぐに屈みこんで、政宗の足袋を脱がすと血の滲む所に細く千切った手ぬぐいを巻きつけた。
「これじゃあ、足袋履けねぇじゃねえか」
「小十郎がおぶって帰ります」
「は?!」
なんだか目の前の小十郎は嬉しそうな顔をしている。
どうせ言い出したらきかないし、もう少しこの男女の恋人ごっこをするのも良いか、と思い直す事にした。
みっともないと思っても、今自分の事を奥州筆頭だと知るものは小十郎だけなのだ。
小十郎は政宗の履物の土を軽く払うと、残った手ぬぐいでくるんで懐に仕舞ってしまう。
「OK、わかったわかった。それより小十郎、早くこれ食いてぇ」
無駄な抵抗はやめようと腹を括って、目の前のお楽しみに頭を切り替える。
手にしているのは先程の林檎飴。
小さい品種の林檎をそのまま飴ですっぽりとくるんで固めた菓子だ。
「早く、毒見」
毒があるなどと思っていない。
小十郎の反応をみて愉しみたいだけだ。
万が一の可能性を考えて、城以外の食べ物は用心せねばならないと思っている小十郎が、毒見を断れない事も知っている。
「・・・では・・・お先に毒見させていただく」
そろり、と舌を這わせて何箇所か舐めたのち、がちり、と端を噛み砕いて中の林檎もひと齧りした。
政宗はというと、にこやかに笑ってその林檎飴の串を掴んでいた。
「あの・・・政宗様、自分で持ちますから」
そう何度も小十郎が言うのも聞かずに、幼子に食べ物をあげるように小十郎に林檎飴を差し出してやっているのだ。
「全く・・・お戯れが過ぎますぞ・・・」
「いいじゃねえか、今日祭りにつきあってくれた礼に俺が食べさせてやるんだよ」
「大丈夫なようです・・・が、本当に政宗様も召し上がるんですか」
「当たり前だ。食わねぇならなんの為に買ったんだよ」
小十郎が今まで舐めていた林檎飴を、躊躇する事なく口に運んで、ぺろぺろと舐めだした。
主に自分の食いさしを渡す事に抵抗を覚えているのだろう、眉間に皺が寄っている。
「おかしな奴だな、散々口吸ったりしてるじゃねえか」
「外で軽々しくそのような事をおっしゃるな・・・それとこれとはまた話が違いましょう」
政宗は心底不思議な様子で「どう違うんだ?」と問うた。
舐めるのに飽きてきたので、ガリガリと噛んで林檎を食べ始めるが、なかなかなくならない飴に少しだけ嫌気がさしてきた。
そんな様子に気付いたのだろう、
「もう要りませんか?」
と呆れ笑いをしてくる。
「ん。もう満足だな・・・」
「では小十郎が処分致します」
そう言うと、受け取った飴をほんの数口でガリガリと噛み砕いた。
けれどそれを見ていて、不覚にも心音が速くなってしまった。
小十郎の後に食べる時はそこまで意識していなかったのに、自分の食べた物を口に運ぶところを見て何故か動揺してしまった。
小十郎が口の中の飴を噛んでいる、その口元をじっと見てしまう。
「どうなされましたか」
「いや、なんでも・・・ねぇ」
遠くの祭りの灯りが仄かに届いて、薄暗い神社でもお互いの表情はよく見えていて、今更ながらその事実にうろたえる。
この格好だからか余計に小十郎を意識してしまっている自分がいて、それを悟られたくなくて、ふいと目を反らした。
前を普段より肌蹴させて着物を着崩している小十郎は妙に色気がある。
「お、そうだ!これ」
「はい?」
すっかり忘れていた。
先程成実に買ってもらった簪。
意識しすぎて心音が速くなってしまっていたので、丁度良い気を紛らわせる物をみつけたと思う。
「さっき町で買った」
詳しく話すと面倒な事になりそうなので、成実の話はわざと伏せてそれを手渡す。
「この着物の色に映えますな。少しきらびやかな所がまた、貴方様らしい」
「う、うるせ」
「おつけしますか?」
「ん・・・」
勢いよく出したものの、髪飾りを小十郎につけてもらうのは恥ずかしくなってきた。
「折角買ったのに、今更気付いちまった」
会話をしながら気まずさを紛らわせていると、結って申し訳程度につけていた小さな簪に、添えるように付けてくれた。
けれど、どんな顔をしていいのかわからず伏し目がちなままで反応を待つ。
「政宗様・・・」
「ん・・・?」
目を合わせずに返事をすると、暖かい手の平で小十郎の方を向くようにと動かされてしまう。
「よくお似合いです」
「・・・それはそれで複雑だな」
真っ直ぐに見詰められて微笑まれては、ますます頬の赤みがひかない。
「先程、おっしゃってた事は本当ですかな?」
「先程、ってなんの事だ?」