「なんで黙ってた?」
「・・・申し訳ございません。すぐに対処してからご報告をと思っておりました」
騒ぎを起こしてしまった店を後にして、町外れの小川で一息ついていた。
「・・・っ、あのような暴言をお聞かせする事になるとは・・・小十郎の失態にございます」
暴言、とは先程の男が口にした、政宗への侮辱の言葉だろう。
小十郎は、片膝をつき頭を垂れている。
先程の鬼の如く怒りを、自分の中に押し込めようとただ耐えているようにも見える。
「あいつ、昔の家臣か?」
政宗が家督を継ぐ事になった時、弟である小次郎側についていた家臣達は当然猛反対をしたのだ。
幼い政宗―――梵天丸は、病で片方の目を失明してから、醜いと母に疎まれ、隠されるように離れで暮らしていた。
心に傷を負った梵天は酷く内向的な性格となり、跡継ぎは無理であろうと言われていた。
けれど小十郎が傅役となってからは徐々に活発になって、生まれ持った才に恵まれていた事もあり、家督を継ぐに至ったのだ。
その時異を唱えた家臣は、父輝宗によって一方的に城から追い出された。
それに恨みをもった輩であると簡単に想像がつく。
その証拠に、当時の反対派の家臣は揃いも揃って、政宗を一つ目の化け物が憑いた忌み子であると言っていたのだ。
恐らくは母・義姫の言葉を真に受けての事だろう。
「政宗様・・・失礼する」
ぼんやりと先程の事件を頭に巡らせていたら、小十郎がいつの間にか立ち上がっていて、身長差から少し見上げる形になった。
「・・・なんだ?」
ふわり、と小十郎の香りに包まれたかと思うと、身体を抱きしめられていた。
「小十郎・・・?」
「申し訳ありません・・・」
そう言うと、結った政宗の髪の毛をさらさらと撫でさすっている。
触れ合っているせいか、小十郎の心の痛みに触れたような気がした。
「・・・お前、俺はもう餓鬼じゃないんだぜ?化け物とか言われてびーびー泣いてた頃と一緒にすんなよ?」
すると、少し気恥ずかしそうに小十郎が腕を離した。
「左様で・・・申し訳ない」
やはり、化け物という言葉に酷く敏感だった政宗の事を案じていたようだ。
「それでさっきのあのザマか?」
からかうように瞳を覗き込むと、反らす代わりに目を伏せられた。
「どうも、頭に血がのぼるとカッとなっちまって」
「まー悪い気はしねえけどな」
自分の事で小十郎が怒るというのは、むしろ嬉しく思う。
一人ならば自分が怒れば済む話だが、小十郎にあそこまでキレられては、自分の腹立たしさ諸共昇華されるようだ。
「手、みせてみろ」
「手ですか?」
小十郎の左手を無理矢理掴むと、拳のところに軽く口付けた。
「!」
「全く刀持ってるくせに拳使う必要ねぇだろうが」
普段より鍛えられている肉体ゆえに、人を思い切り殴ったにも関わらずそれらしい跡は残っていなかったが、拳を労わるようにして口付けをしたのだ。
「なりませぬ、そのような振る舞い・・・」
「Ha!いいだろ?今は町娘なんだからよ!」
そういうと、思い出したように小十郎が、少しじろりと見詰めてくる。
「そもそも政宗様は何故またこのような変装をされているんで?」
「Ah〜?今回は説教なしだろ?」
「それとこれとは話が・・・」
「さっきはあいつに酷い口きかれたし、小十郎が女に言い寄られそうになる所も目撃するし、今日は散々だったぜー?」
にやり、と笑ってみせると、溜息をつかれた。
「全く・・・では慰めてさしあげねばなりませんね。梵天丸様は泣き虫であらせられますからな」
再びきゅうと抱きしめられて、思わず笑い声を上げる。
「馬鹿!いつの話してんだよ!とうとう呆けがはじまったか?」
「・・・泣いている時はこうやって抱きしめて頬を擦り合わせると、笑ってくださったものでしたな」
政宗の憎まれ口にも負けじと応戦して、本当に腰をかがめて頬を摺り寄せてくる。
「そんな事、してねぇだろ?く、はは、馬鹿、勝手に作り話すんな」
端からみたら、仲の良い夫婦同士にみえるだろう。
小十郎の頬を避けて、今度は悪戯に唇を吸った。
「今はそれよりこっちのが喜ぶぜ?」
「全く、このような場所で」
小十郎は自分から抱きしめてきた事は棚にあげて諌めてくる。
けれど、少しだけ真面目な顔をしてそのまま甘く口付けられた。
「え・・・お前・・・」
以前の女装の時も段々盛り上がってしまい、森の中で戯れに身体を触れ合わせてしまった事もあるが、今は人が通るかもしれない町の近くの小川だ。
意外すぎる行動に目を丸くしていると、
「先程の女の事は、お気になされませんよう。小十郎には政宗様しかおりませぬ故」
本当はもう少しそのネタで苛めてやろうと思っていたのだが、堅物の小十郎にここまでの事をされては、許すしかなくなってしまう。
「・・・いーぜ、許してやっても・・・けど」