程なくして辿り着いた店は、外に長椅子が2つ、中にも4つ程ある。
外の席でこちらに背を向けて小十郎が座っているのがみえた。
一人で甘味処まできて菓子を食べる程好んではいなかったはずだから、やはり待ち合わせだろう。
「隣、宜しいですか」
袖を口元に当てて、声音を変えておもむろに声をかけた。
物陰で見ているなど性に合わない。
「?・・・いや、悪ぃが連れがくるんで他の椅子に腰掛けてくれねぇか?」
そう返事した小十郎の顔は、存外優しげなもので思わず目を見張った。
「・・・どうした?何か困り事でも・・・」
しかも、動きを強張らせた政宗に心配げに声をかけてくる。
自分に向けてかけられている優しい言葉は、実際は町娘にかけている言葉なのだ。
段々腹がむかむかしてきたので、小十郎の額を指ではじいてやろうと、今までの謙虚な立ち振る舞いも顔を隠すようにしていた腕も取り払い、目の前に立ちはだかった。
すると、ぐい、と強い力で右腕を引っ張られる。
「・・・っ!」
そのせいで小十郎の胸に飛び込むような形に抱きついてしまった。
「・・・っこの・・・!」
完全に町娘にちょっかいをだしている浮気者。
そう頭の中で答えがでて、平手を思い切り繰り出そうとした。
すると難なく受け止められた腕もろとも腰を引き寄せられて、耳元に息がかかる。
「騒がないでください。政宗様」
「・・・え」
**********
「いつから気付いてやがったんだよ」
「そりゃあ声をかけてきた時に気付きましたよ」
「・・・最初からかよ・・・」
「ですが最初は目を疑ったんですよ。いくら変装とはいえ、政宗様のお好みと違う、随分質素なお召し物だったもので」
「・・・・・・」
それは以前の女装について遠まわしにからかっているのだろうか。
慶次から貰った京の華やかな反物であつらえた、どう見てもどこぞの姫といった美しくて華やかなものだった。
けれど奥州の田んぼ道では当然異色な存在で注目を浴びた。
今回はその反省も踏まえての完全なる“なりきり”にしてある。
「だからこそ、この小十郎の目を騙したくて仕方ないのだろうと察して、恐れ多くも町娘と同じような扱いをさせてもらったまで」
「・・・演技だったってのかよ」
「無論」
「・・・・・・Ha!それにしたって、町娘への態度は随分優しいじゃねぇか色男」
「もう少し声を潜めてください。優しいのは政宗様とわかっているからに決まっておりましょう。くだらないヤキモチを妬かれますな」
「っ!!だ、だれが・・・っ・・・もが!」
注意されているのに動揺からまた声を荒げてしまい、小十郎の手に口を覆われた。
「話は後でまた致しましょう。小十郎はまだ仕事中なのです」
「んむ?」
「この場にいらしてしまった以上、政宗様もご協力頂くしかありませぬ。屈辱でしょうが、本当に町娘を演じきってくださいますよう」
まだ口に手を添えられたまま、早口に説明された。
「自業自得ですからね?」
にこり、と笑った小十郎は、後で説教ですぞと顔に書いてあった。
「むぅ・・・」
ようやく手が外されると、すぐに姿勢を正した小十郎に声をかけてくる者があった。
「お久しゅう、景綱さん」
やってきたのは上等な着物を身につけた艶のある女だった。
小十郎の名を親しげに呼んでくる女に、先程まで燻っていたもやもやした感情が再び顔を出す。
「ご苦労。首尾はどうなんだ」
女は、素早く小十郎と政宗の背後にある椅子へと腰かける。
「ええ、危惧したほどのものではありませんでした。小物同士の小競り合いかと」
「そうか。だが、わかってるな?」
「念には念を。景綱さんらしくて好きだわ」
ふふ、と妖艶に微笑む女に、思わず背後を振り返るようにして睨み上げてしまう。
女から見えない位置で小十郎が政宗の袖を引っ張るが、素直に引き下がる事は出来ない。
「そう言えば、てっきりお城の関係者の娘かと思っておりましたけど、その方は?」
値踏みするように、じろじろと見詰められる。
左側から振り返っているから、隻眼はばれていない。
小十郎が、少し重なるようにかばっているので、身体つきなども把握はできていないだろう。
当然、女だと疑っていない。
「ああ。俺の屋敷の女中だ。小さい時から面倒みてやってる信頼できる奴だから問題ねぇ。今回の騒動に幼馴染みが巻き込まれて怪我したとかで、無関係というわけじゃねぇんだ」
「あら」
「それにこんな場所で俺一人じゃ浮いて仕様がねぇから、恋仲のフリをしてもらっていた」
そう言うと、ごく自然に政宗の頭を撫でるようなそぶりで、ぐり、と無理矢理前を向かされた。
もう一度後ろを向こうと首に力をいれるも、小十郎が完全に頭を固定していて動かせない。
―――Shit!
「その幼馴染みって、貴方の好きな殿方なのね。大丈夫よ、ちゃんと仕返ししてきてあげるわ」
急に手の平を返したように優しくなったのは、小十郎が小さい子をあやすようにする仕草から妹的な立場だと思った為だろう。
つまりは敵ではない、と判断したのか。
言ってやりたくなる。
小十郎とは本当に恋仲なのだと。
完全に背後の女を恋敵としか思えなくなっていた。
「おい、そこの」
政宗が苛立ちを抑える事に気をとられていると、不意に不穏な空気を纏った男が側に来ていた。
「誰だ、おめぇ・・・」
小十郎は政宗を背中に庇い、片方の手で離れないようにと密着させる。
目の前に来た男はあまり腕がたつようには見えないが、両の袂から鋭く光る武器を取り出だすと、すぐに攻撃態勢に入ってきた。
女の格好をしていて丸腰なせいであろう、小十郎は政宗を普通の娘を守るかのようにその身体を抱え込むとすぐ横に飛び避ける。
先程の女の方も多少腕に覚えがあるようで、細長い小ぶりの懐刀を構え迎撃体勢に入っていた。
店の中にいた客やら店主が異変に気がつき、慌てて身を隠すようにしてこちらを覗っている。
「やはり、念をいれて正解という事だったのね」
「ああ。やはり反乱分子の芽だな」
小十郎も女も冷静に言葉を交わす。
「ごちゃごちゃ話してんじゃねえ。お前が伊達の腹心だって事はわかってんだ。早く、お前が殿様を殺すか、俺にここで殺されるかを選べ!」
「寝言が過ぎるようだな」
刀に手をかけた小十郎の峰打ちが炸裂するはずだった。
だが―――。
「あんな忌み子が奥州の筆頭だなどと認めるか!俺は知ってんだ、あいつの、化け物の正体をな!」
男の吐いた暴言に、小十郎の周りの空気が一変した。
周囲を射竦めるような鬼の形相。
抜いた刀を地面に叩きつけると、店の中へ政宗の身体をぽんと押し込めて男に向かっていった。
女も圧倒されたのか、その場に立ち尽くしてただ小十郎の背中を見ている。
当然、勝負など見えていた。
鬼の如く戦いぶりの武将と名高い小十郎が、そこいらの少し腕に覚えがある程度の小物に手こずるはずもない。
ただ普段と違っていたのは、鮮やかな太刀筋や身のこなしではなく、荒々しいまさに鬼そのものの動きだったことだ。
蹴りや頭突きに拳と見舞いして、あっという間に男は地面に沈んだ。
「奥州を統べる筆頭であらせられる政宗様を侮辱したんだ、殺してやってもいいくらいだがな」
そう言い捨てると、女の方に顔を向ける。
「悪ぃが、こいつを・・・」
「え、ええ。すぐに調べさせます」
女は慌てて、近くに潜んでいたらしい忍びに指示をだし、気を失っている男を運ばせて、自分もその後に続く。
「あ、景綱さん・・・」
「・・・」
無言で見返した小十郎に、少しぎこちなく笑って。
「昔も今も、貴方は政宗様を特別大事にしているのね。・・・けれどそんな景綱さんだからこそ私は・・・」
そこまで口にしてから、次に見せた笑顔には強い意思が宿っていた。
「なんでもないわ。私も、お殿様に感謝している。ここで皆が平穏に暮らせているのはお殿様のお陰ですもの。反乱分子はすぐに対処させます」
「ああ。頼んだぞ」