林檎のくちびる

「姫の秘めごと。」の続編です




「べっぴんさん、どっから来たんだい?」


若い男に声をかけられたが、振り向かずに足早に通りを進む。


「なんだよ、つれねぇなー。・・・にしてもいい、ウナジ・・・」


後ろから未練がましく聞こえてきた下品な声。

全身にぶわっと鳥肌がたった。


―――Shit!胸クソ悪ぃ


政宗は城下の町で、一人歩を進める。


何故男に声をかけられたかというと、今身につけているものは女子の着物だ。


つまり正体を偽り、女装をしている。

城下で存在が浮かないようにと若い町娘のような格好だ。


何故敢えて女装なのかというと、堅物の家臣―――小十郎を困らせてやりたいから。


以前戯れに女装で着飾った姿のまま誘惑をしたら、予想外にお互い燃えた事もあり気をよくしていた。

とはいえ散々説教を受けたし、今回も絶対怒られるとわかってはいるのだが、好きな子を困らせたくてしようがないという厄介な性分なのだ。


それに、今日は夕方から小さな祭りが催される。

城下の見回りにきているはずの小十郎と合流して、一緒に行きたかったのだ。



祭りのせいか、町中が浮き足立っているような見えない高揚した空気を纏っていて、余計にワクワクする気持ちが高まる。



「そこのべっぴんさん、珍しい簪や櫛があるよ。見ていかないかい?」


また無視を決め込もうとしていたが、後になって興味をひかれチラリと視線をやる。


旅の行商人なのだろう、大きな風呂敷を広げて所狭しと商品を並べていた。


今日の催し物のせいで人通りが多く、それを狙った商売人の姿も多いようだ。


町の中の一人の人間として溶け込んでいる事が面白くなって、今の姿に似合うものでも買おうかという気分になってきた。


つ、と一つの簪を手にとる。


自分の身につけた着物と見比べて、ひとつ、ふたつと手にとって悩んでみた。


「これを」


男とばれないように聞き取れないくらいの小さな声で、一際華やかな簪を指差す。


「毎度あり!」


金を支払おうと懐の財布に手を伸ばすと、スと誰かの手が伸びて、素早く賃金を出された。


「おっと、お連れさんかい。随分べっぴんな娘さんじゃないか、この色男!」


は、として思わず背後に居る男に目を向ける。


「まーね。最初から俺にねだってくれればいいのに、こいつってば謙虚だからさ」


政宗は固まった。


そこに居たのは、期待した人物ではなくて、従兄弟の成実だった。




「おーい、なにヘソ曲げてんだよ!」

「うるせ」


成実を置いてさっさと通りを歩く。


そういえば今日は小十郎と成実が城下に出向く事になっていた。

伊達にとってのこの二人は重要な人物で、その二人が直々に見回るというのは些か大袈裟ともいえるが、これは政宗自身の意向だった。


自分の目で見て、伊達の治める奥州がどのような様子なのかを知っていたいというのが本心であるが、周りがなかなかそれを許さない。

それで仕方なく、戦の落ち着いている時期などに身近な家臣に見回りを命じているのだ。



「全く。助けてやったのにさ」

「Ah?助けだって?」

「どーせ梵、おっきい金しか持ってないでしょ?」

「・・・!」

「普通の庶民はそんな金出されても釣用意できないっつうの」

「・・・・・・」

「正体怪しまれて女装がばれたりしたら、大目玉だよ?」


皆まで言われずとも、大目玉の相手が小十郎なのはすぐわかった。


「・・・わりぃ」

「へへ。わかればいーのよ!わかればなっ」


偉そうな口を聞く成実を睨むと、しげしげと顔を見詰めてくる。


「ほんと、俺とか小十郎以外じゃなかなか見破れないだろうな」


女装した政宗を感心して隅々まで視線を這わせる。


「女を見るような目で見んな、阿呆」

「くっ。口開いたら台無しだけど、ほんといい女だぜ」


ちょっと背は高いけどな、と言って成実が笑った。


ついでに言うならば、隻眼を隠す為に片方の前髪を多めに垂らしているので、近くで覗き込んだら右目の傷が透けて見えてしまうだろう。

さすがにこの格好で、眼帯をつける事は避けたのだから仕方ない。


「はい。これ」


目の前に、先程買った簪を渡された。


「あーThanks」

「小十郎につけてもらいなよ?」

「!」


口にした事はないのだが、成実は前々から政宗と小十郎の仲を察している。

隠しているつもりでも、二人の身近にいる人物からしたら嫌でも気付いてしまう事があるのだろう。


「別に・・・そんなつもりで買ったわけじゃねぇ」

「さっきの振り向いた時の梵の顔、小十郎にも見せてやりたかったな〜」

「な、どういう意味だ!!」

「一瞬、人違いしちゃったかと思ったくらい、可愛かったよ?」

「ば、馬鹿言ってんじゃねぇ!!!」


成実の胸を小突こうとするが、女の歩幅に合わせた着付けでは思うように動けず、ひらりとかわされてしまう。


「しー! もう、そこの子供とか、びっくりしてこっち見てるって」


かわした政宗の腕を引き寄せるようにして、顔を寄せて囁いてくる。

途端に、二人同時になんとも言えぬ顔になってしまった。


「なんか・・・おめぇ、女にこうやって口説いたりしてんだろうなって想像しちまったじゃねえか・・・」

「なんか変な気分〜梵だってわかってるんだけど、見た目がそんなだから勝手に女扱いしちゃう自分がいるんだけど・・・」


やれやれと言った感じでお互い首をふる。


「それはそうと、小十郎探しにきたんでしょ?」

「Oh、肝心な事忘れてたぜ!って、成は今日一緒じゃなかったのか?」


気をとりなおすように、ぱあっと表情を明るくした。

その表情にも、また複雑な気分を感じるようで、それとなく目を反らされる。


「一緒だったんだけどさー、なんかもうちょっと仕事あるから先帰っててくれって」

「仕事?なんのだ?」

「さあ」

「・・・聞いておきやがれ」


苛立たしげに眉間に皺を寄せて睨みをきかせた。


「だってさー、あいつに任せておけば安心っていうか、特に説明もされなかったしさあ・・・もーべっぴんさんが台無し〜」


説明すればする程目の前の政宗の顔つきが恐ろしいものになっていくので、身の危険を感じたのか、後ずさりをしている。


「もー直接きいてよね!そこ曲がった先の甘味処に行ったから!!」


じゃーね!と半ば駆け出しながら、成実が逃げ出していった。

このままここにいても、政宗の八つ当たりの相手をしなければならなくなると感じとったのだろう。


「・・・甘味?あいつが??」


そもそも甘味処で仕事とはなんだ?

見回りが終わって、まだ残っている仕事とは一体なんだ??


もしや仕事とは口実で、女と逢引でもするつもりなのではないか?

そんな最悪な妄想が頭に浮かんだ。



若い頃小十郎は城下にもたまに出掛けていたし、知人も親しくしている者もそれなりにいたようだ。

勿論女も居ただろう。


政宗が初めての相手ではなかった事くらいわかっている。

恐らくそれなりに女を経験しているのだろうとも。


気にならないと言ったら嘘になるが、政宗とて元服をとうに過ぎた男だ。

小十郎は今自分の元に居るのだから、文句を言う気もない。

けれど今も男女の関係をもった相手と会う機会があるとなれば話は別だ。


嫉妬心から稚児(ややこ)と変わらぬくらい聞き分けがなくなるかもしれない。


―――確かめてやる


そう決意して、何とも云えぬ胸のもやもやを抱えながら甘味処へ向かった。




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