おうちこ・1






―――あの不思議な出来事から少しの時が経った。

夏休みが終わった政宗は、無事元の高校に通っている。

俺も政宗も、あれから昔の俺達の意識を感じることはない。

政宗はよく断片的な夢を見ていたらしいが、それもぷつりとなくなったそうだ。

ようやく今の俺達の事だけ考えていけるなと言ってみたら、少しだけ不貞腐れた。

記憶が完全に戻った今、夢を見るのを楽しみにしていたらしい。

昔の自分達がどんなやり取りをしていたのか見たかったのだそうだ。

けれど、現世で出会ってからはまだ数ヶ月。

昔を懐かしむような時期でもないし、ましてや前世など遠い昔。

それよりももっと、今や未来の政宗を大事にしていきたい。

そう思って心の中で少しだけへそを曲げたものだが、

「運命・・・なんて呼ぶには些か強引な手段だったかもしれねぇけど、
こうやって現にお前と出会えたんだ。昔の俺に感謝するぜ。
あと、来世でも会える方法をどうにかしてみつけとかねぇとな」

なんて殺し文句を言われて、愛おしさが増してしまった事は隠さずに告げた。





**********


夕方には秋の気配が漂うようになってきた。


小十郎はキッチンで夕飯の準備をしながら、いつの間にか部屋が薄暗くなっている事に気が付く。

カーテンを閉めて室内の電気をつけると、再び料理にとりかかった。


今日のメニューは鰤の照り焼きと、野菜をふんだんに使った煮物、それに豆腐と油揚げの入った味噌汁。

政宗は和洋折衷幅広く料理が得意だが、小十郎は和食しか作れない。

だが料理のできる男だと公言できるくらい腕前は確かだ。


そんな小十郎でも、手料理を食べてもらうのはこれが二回目である。

以前にタイミングの悪い時に手料理を振舞って、逆に機嫌を損ねてしまってからは、なかなか次の機会を見つけられずにいた。


「・・・そろそろ帰ってくる頃だな」


いつもならば小十郎が仕事から帰ってくるのを政宗が待っている事が多く、夕飯も作ってくれていた。

けれど今日は珍しく政宗よりも早く帰宅できる日だったので、思い切って手料理のリベンジをする事にしたのである。


『今日は早く帰れた。スーパーに寄っておいたから政宗は直接帰ってきてくれ』


そうメールもうっておいた。

すぐにきた返事は、


『今日は部活18時までだ。終わったらすぐ帰るからなv●▽^v』


機嫌の良い政宗からの返信を思い出して、口元が緩んだ。


「年甲斐もねぇな・・・」


小十郎は頬をぴしゃりと叩いてから夕飯の最後の仕上げにとりかかった。





**********


「ただいま」

「おかえり」


玄関先でいつもと逆のやり取りをしていると、鼻のきく政宗は不思議そうな顔をした。

室内は今出来たばかりの夕飯の匂いが充満している。


「小十郎、夕飯か?」

「ああ。作っておいた」


口を「お」の字にしたまま政宗が目を丸くした。


「驚かせようかと思って」


スーパーに寄ったと知らせた時点で、手料理を作ると予想がついてしまったかとも思っていたが、どうやら全く思いついていなかったらしい。


「Oh・・・そいつぁ・・・」


小十郎は、政宗の反応をじっと見ていた。


なにせ一度失敗している。

トラウマとまでは言わないが、心にひっかかっていた事でもあった。

自分の手料理を果たして喜んでくれるのかと。


「Thanks、小十郎」


少し照れた様子の政宗から贈られた言葉に、笑顔に、くらりとした。

政宗が耳と尾がでるというのはこういう瞬間なのだろうかと内心思いながら、どうにか平静を保って笑い返した。


我慢できずに抱きしめたら、きっと拳がとんでくる。

気まぐれだったり、強引かと思えば奥手だったり、そんなアンバランスなところも政宗の魅力のひとつだ。



部屋着に着替えてきた政宗は、そわそわと目を輝かせて料理を眺めている。


「冷めないうちに食べたらどうだ?政宗」

「おう。・・・」


そう言いながらも、なかなか手をつけない様子に不安がよぎる。


「嫌いなものは・・・なかったはず、だよな・・・?」

「Ah?・・・ああ、ねぇ!」


へへ、と笑うと何故か席を立って、小十郎の首筋に腕を回してきた。


「・・・?政宗?」

「どんな顔して作ったのか想像しちまったぜ」


ちゅう、と頬を吸ってきた政宗の頭には毛並みの良い耳が表れていた。


「Thanks、小十郎」


頬が緩んでしまうのを堪えながら、政宗の頭を撫でる。


「俺も耳が出そうな気分だな」


そう呟いた時、政宗の体がピタリと静止した。

不自然に強張った腕に触れながら疑問の瞳を向けると、その表情はみるみるうちに不機嫌なものに変わっていく。


「・・・まさ、むね?」

「・・・・・・耳がでてもおかしくないんじゃねぇのか??」

「は・・・?」

「お前だって半分ずつ薬を飲んだって、あいつ・・・、昔のお前が言ってたよな?」

「・・・ああ、言っていたな」


政宗も小十郎も、昔の自分達が己を介してした会話は、夢のようにうっすらとだが覚えている。

小十郎の記憶の中にも、モヤがかかったようになりながらもその言葉は残っていた。


「だったら!お前に耳が出ないってのはどういう事なんだ?」

「どういう事、と言われてもだな・・・」


政宗は興奮した様子でまくしたててくる。

何をそんなに怒っているのかわからず困った顔をしてみせると、もういい!、と苛立った顔で席をたってしまった。


居間に残された小十郎は、冷めた料理を前にため息をつく。

食欲がなくなってしまったのでとりあえず料理にラップをかけると、ダイニングテーブルを離れソファに移動した。


もう一度溜息をついて、天井を仰ぎ目を閉じる。


不思議と気持ちは落ち着いていた。

怒っているわけでも悲しいわけでもなく、あえて言うならば”寂しい”が近い気がする。


昔の自分だったならば、政宗の言わんとしている事を怒らせる前に理解できた筈だ。

他人からしたら甘やかしすぎた考えだと指摘されるかもしれないが、自分よりも政宗を第一に考えているという点は、小十郎の根底にある性質ともいえるかもしれない。


けれど、甘やかし過ぎては良くないという気持ちも持ち合わせているので、一体どう言ってやろうか、とも考えていた。




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