『だからって・・・なんで俺様に電話してくるわけ?』

「うるせぇ・・・真田は相談相手には向かねぇんだよ」


政宗は、小十郎が風呂に入った音が聞こえてくると同時に、携帯で佐助に電話をかけていた。


『あのねぇ・・・順応性早すぎでしょ・・・俺らが話すのあの日以来だよ?』

「Ah?そうだったか?小十郎からお前の様子とか聞いてるから久し振りな気がしねぇけど。真田の奴には会ってるし」

『・・・俺様は最初から昔の事知ってたんだから、様子なんて変わるわけないでしょ』

「ああ、そんな事より」

『・・・・・・』


佐助がふうと溜息をつくと、呆れ声を隠さずに口を開いた。


『あのねぇ。それは伊達ちゃんが悪い』

「・・・じゃあ、どうしろってんだ」

『は?謝ればいいでしょ、普通に!』


佐助はあの時こそ“独眼竜の旦那”と呼んだが、今は現代で知り合った時につけた“伊達ちゃん”というあだ名呼びに戻っていた。


『大体料理が勿体無いよ!折角作ってくれたのに』

「けどよ、あいつに耳が出ないって事は、俺にとっては些末な問題じゃねぇんだせ?」

『それはそれ、これはこれ』

「・・・・・・確かに、料理は食いたかったけどよ」

『そうじゃなくて・・・あ〜あぁ。右目・・・じゃなくて片倉センセ、傷ついたかもよ〜』

「!」


佐助の言葉に、今の今までベッドでだらりと身体を横たえていた政宗が飛び起きた。


「・・・shit」

『そんなコトも予想してなかったわけ?』

「・・・・・・」

『も〜さっさと謝ってきたら?』

「・・・・・・・・・」


政宗は、佐助に言葉を返さないまま携帯の終話ボタンを押していた。


確かに、料理については悪い事をしてしまったという自覚はあった。

けれどそれよりなにより、自分にとって重大な問題で頭が埋め尽くされてしまっていたのだ。

傷つけてしまったかもしれない、と思い始めたら途端に気持ちが落ち着かなくなってくる。


そっとリビングに戻ると、照明の落とされたそこに、料理はそのままの状態だった。

小十郎も料理に手をつけていないようで、綺麗に整えられた食卓は温度が冷えたまま残されていた。


「・・・冷凍、するか?」


政宗は腕組みをしながらラップのかかったそれらを見下ろして呟く。


別々にちょこちょこつまむのも忍びない。

せっかく作ってくれたのだから、やはり一緒に食べる方がいいに決まっている。


だが、次にいつここで食事をするのか想像がつかなかった。

明日の朝なのか、それとも夜なのか、それとも・・・


「政宗」


びくりと大きく肩が揺れてしまった。

気配に敏感なはずの政宗の背後に、いつの間にか小十郎が立っていた。


よほど深刻に考えこんでしまっていたのだろう。

意識を戻せば途端に石鹸の香りが辺りに漂っている事にも気がつく。


「あ・・・早かったな」

「そうか?いつもと同じくらいだろ」


佐助と電話で話したせいで時間の感覚までも定かではない。


「そこ、通りたいんだが」

「え・・・あ、ああ」


カウンターからキッチンに行く通路を塞ぐ形で立っていた政宗は、すぐに身体をずらした。


小十郎から視線をそらしながらも、部屋に戻ることもリビングに行くことも出来ずに立ち尽くしてしまう。


ガチャン、と冷蔵庫の中身が音を立てて開かれたかと思うと、すぐにバタリと閉じる音がする。


「飲むか?」


声をかけられて顔をあげれば、冷やしておいた麦茶の容器を掲げて、小十郎がこちらを見やっていた。


「No、いらねぇ・・・」

「そうか」


『謝ればいいでしょ、普通に!』佐助の言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。


「で?」

「Ah?」


反射的に返事をすると、小十郎が目の前に立っていた。


「俺に、言うことは?」

「・・・!」


驚き目を見開くと、有無を言わさないような瞳で見詰められる。


「なんだよ、ソレ・・・お前だって・・・」

「俺だって?」


うまく反論できずに、政宗の眉間に皺が寄っていく。


「う・・・」


言葉に出来ずに、沈黙が続いた。

苦しいから早く何か言いたいのに、言葉にできないもどかしさに苛々が募っていく。


「俺は・・・お前に耳が出て欲しいなんて思っちゃいねぇ・・・」

「ん・・・?」


的外れな言葉のせいで小十郎の顔に疑問の色が浮かぶ。


「この体質は、今となっちゃぁお前と会う為のものだって解ったしなんともねぇけど、コイツのせいで迷惑かけた奴らだっている」

「・・・」


家族、親戚、この身体の秘密を知っている人間には迷惑をかけている。

母親に至っては、本当に謝っても謝りきれない、政宗は常々そう思っていた。


「だから、お前にこんな目にあってほしいわけじゃねぇんだ」

「ああ」

「けどよ、同じ薬を飲んだお前が、俺と接していても耳がでねぇっていうのは」


そこまで口にして、とてつもなく恥ずかしい事を言おうとしていると気がついた。


「・・・っ」

「・・・・・・どうした?」


黙り込むと途端に小十郎が問いかけてきて、誤魔化せるはずもないのに取り繕う言葉を探してしまう。


「・・・・・・めんどくせぇ・・・」


散々に逡巡した挙句、何故こんなにも頭を捻らせて言い訳を考えなければならないんだという憤りにぶち当たった。


「お前な・・・」


少し呆れた声の小十郎の言葉を遮るように、キッと睨みあげた。


「俺を不安にさせんじゃねぇ!お前がちゃんと弁解すれば済む話じゃねぇか!!」


思い切り放った言葉に、目の前の瞳が丸くなる。

その後困ったような笑顔に変わり、胸の中に収められていた。


「全く・・・可愛らしいったらねぇ・・・」

「!!」


独り言のようにぼそりと呟かれた言葉に、体温が急に上昇した錯覚を覚える。


「そ、んなこと言って、弁解のひとつもしてみやがれ・・・」


照れ隠しに強がった態度をみせると、いつの間にかでていたらしい獣の耳の方に口付けられた。


「弁解もなにも、政宗はこういう時だけ耳がでるわけじゃなくて、コントロールが難しくなるって話じゃなかったか?」

「・・・」


自分の事ながら失念していたが、胸が高鳴るような時は耳がでるのをコントロールしづらくなるが、普段から耳も尾もでそうになる時はある。


そもそも、現代の政宗にとっても初恋は小十郎なのだ。

それ以前に好いた人間もいなかったが、耳と尾はでる体質であった。

恋心だけに反応して変化してしまう身体であったならば、今までは表れる事なく過ごせていただろう。


「わりぃ・・・」


小十郎が言わんとしている事がわかり、頭に血が昇った自分の言いがかりであると気がついた。

小十郎も同じ体質なのだったら、今まで生きてきた中で耳のでる機会もあったであろう。


つまりは、耳の出る出ないで気持ちを量ることなどできないのだ。


「俺がどれくらいお前の事を想っているか、どうしたら伝わるんだろうな?」


憎まれ口を言われているのかと思い「だから、悪かったって・・・」と言いかけた言葉は最後まで声にならなかった。


引き寄せられ、強引に唇が奪われていた。


「ん、んん・・・っ」


ガッチリと胸に繋ぎとめられて、頭を動かす事も許されないまま小十郎の熱い舌が咥内に分け入ってくる。


「は・・・ん、待・・・」


窮屈な体勢で与えられる口付けに、身体を捩らせようと抵抗するが、強い力で押さえつけられて思うように動く事ができない。


「ぁ・・・んん、・・・っ」


今までされた事のないような、強引で熱い口付けに、目の前がちかちかとしていた。

これまで幾度も唇に触れられたが、いつも優しさや愛情に溢れた穏やかなものが多くて、苦しくて泣きたくなるようなキスは初めてだった。


「ん、んーっ・・・っっ」


胸を叩いても解放されず獣のように求められるばかりで、息苦しさから左眼に涙が溢れ始める。


「んっむ・・・んん」


咥内で熱い舌がうごめく度に火が点けられるような錯覚に陥った。

そして幾度も角度を変えひたすらに唇を貪られ、腹の下で互いの熱がどんどん高まっているのを感じる。


「ん・・・は、ぁ・・・ん」


快楽に流されたい気持ちとギリギリの理性との間で耐えつつも、いつの間にか小十郎の激しいキスに負けじと舌を絡め貪っていた。


べろり、と耳の裏を舐められ、ようやく唇が開放された事に気付く。


「ちょ、待て、こじゅうろ・・・っ!」


唇や手の平で身体を愛撫されている事に気がつき、政宗は焦り声をあげた。


「待て、って・・・?こんなにしてるくせにか?」


ぐい、と熱を衣服の上から掴まれて、びくりと身体を震わせる。


「俺がどれくらい想ってるか、嫌っていうくらいわからせてやる。覚悟は、できてるか?」

「・・・っ!!」




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