「小十郎、なにやってんの」
十数人の兵を配置させ、しばらく入室禁止だから誰も中にいれるな、という内容の指示を出していたところだった。
「成実殿。見ての通りです」
政宗の部屋やそこに向かうまでの廊下などに、いつもの5倍くらいの兵が物々しい警戒網を張っている。
「・・・一応、ここ敷地内だよね」
当然ながら、おいそれとは侵入できない壁が巡らされている屋敷内で、出入りも堅固な門があるというのに、この包囲網。
なにから政宗を守ろうとしているのか。
「小十郎がこの場に居られぬ間は厳重に守らせるのみです」
見ると小十郎は野良姿で、これから畑に行くのであろう。
「・・・こういうの独り占めっていうんだぞ」
「そんな、とんでもありません」
成実は、小十郎が政宗に関して過保護に溺愛している事を重々承知していた。
それでも、本人の前ではあまりそれを見せないようにしている事も。
政宗の黒猫姿をもう一度見たくて足を運んだ成実だが、この様子では兵にも『伊達の誰が来ても中にいれるな』と命じているのは一目瞭然。
諦めるが得策か、と悟った。
「おぉーい、片倉さん」
成実とすっかりつるんでいるらしい慶次が、後ろからのんびりついてきた。
「・・・前田。ここいらはうろつくんじゃねぇ、政宗様の部屋だぞ」
相変わらず敵対心丸出しでギロリと睨むが、もう小十郎のイカツイ顔には慣れてきたのか、慶次は怯まない。
「今はあんたに用事があるんだよ」
「俺に?」
「そそ。贈り物があってね」
「結構だ」
「ちょっと待った!まだ何あげるかって言ってもないよっ?」
ズバリと切り捨てられた物言いには不満なようで、慌てて懐から何かを出そうとしている。
「今の独眼竜にぴったりの物なんだからね」
その言葉にピクリと眉が動いた。
小十郎は政宗の為に全てを捧げている身、政宗に関する事柄に反応しないわけにはいかない。
「な、んだ。これは・・・」
慶次から渡された物の正体がわからずに、しばし立ち尽くした。
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「政宗様、夕餉でございます」
「!小十郎?」
部屋の外で声をかけると、中から襖が開いた。
「美味そうじゃねえか!今日はお前が作ったのか?」
「は。畑で今日採ってきたものを使っております」
「そいつぁいい。たまには病床に臥せるってのも悪かねえな」
小十郎は、出陣の前の日や政宗の体調を案じている時など、自ら腕を振るう事がある。
その“特別”を、政宗は喜ぶ。
「そのような事おっしゃられますな」
そう咎めつつも、顔は穏やかで優しい。
今回の病の恩恵だ。
「さ、冷めないうちにどうぞ」
「Thank you、お前もここに居ろよ」
「は」
小十郎の料理を残さず胃に収めて、腹をさすった。
「うまかったぜ」
「有難いお言葉です」
少し離れて腰をおろしている小十郎に、政宗が膝をついたままで近づいてくる。
丁度それは猫が歩いてくるようにも見えて、小十郎はつい頬が緩む。
「政宗様、本当によくお似合いの耳ですね」
行儀の悪い事への皮肉をこめての言葉であったが、似合っているというのは本心だ。
そんな小十郎の心中も察したようだが、気を悪くする事もなく政宗が小十郎の膝に手を乗せてきた。
「政宗様?」
「しばらくはお前の猫になってやってもいいぜ?」
「・・・!気は確かですか!」
普段から政宗の突拍子もない発言に免疫のある小十郎でも、こればかりは慌てて声をあげた。
「お前、この姿を他の奴らに見せないように必死じゃねえか」
「それは当然、政宗様の殿としての威厳に関わるからに決まっております」
厠に行くにも湯殿に行くにも頭から布を被せて移動させられている。
そうするようにと言われた時は、誰がそんな面倒な事を、と頭にきたのだが、すぐにその方が後々からかうネタになりそうだ、と気付いたのだ。
「本当は、俺のこの姿を独り占めしたいって魂胆もあるんじゃねえのか?」
「な!!」
平静さを失っている小十郎を畳み掛けるべく、猫の仕草を真似るようにして首元に鼻を擦り寄せた。
強張った肩に手を置き、親愛の情を示すかのように、ぺろぺろ、と首筋を舐め上げる。
「政宗様!」
だがすぐに、小十郎の力強い腕に身体を引き剥がされてしまった。
「なんだよ、ノリ悪ぃなあ」
けれど、依然として機嫌は悪くない。
普段では有り得ないこの姿のおかげで、小十郎に独り占めされている気分も味わえて、隔離され二人きりでいられる状況が心底楽しいのだ。
昨日は大人しく言う通りに安静にしていた政宗だが、予告した通り、今日は言う事を聞くつもりはない。
「昨日、言っておいたはずだぜ? 今日は相手をしろってな」
再び纏わりつくようにして鼻先を甘噛してやる。
「・・・はい。実は小十郎もそうさせて頂きたく、お願いをするつもりでおりました」
「・・・Ah?今なんて言った?」
真面目な顔で発している言葉は、普段では有り得ない事で、今度は政宗が混乱する番だった。
「その・・・実は、前田の奴に、この病の間にしておいた方が良い、と渡された物がありまして」
「?薬か?」
「ええ・・・それがその、治療ではあると思うのですが、薬ではなく」
す、と政宗の前に出されたもの、それは何やら黒く細長いもの。
見ると何かの毛皮であしらったようで、ちょうど猫の尾に似ている。
「猫の・・・尾・・・か?」
政宗の耳と同じ黒く艶やかな毛で出来ており、あつらえたかのようにしっくりくる。
「まじないの一種かもしれませぬが、このような変わった奇病ですし、何か支障がでるような事があってはなりませんので・・・」
まじないにまで頼ろうとする小十郎が微笑ましい。
普段では到底考えられない事で、政宗の病だからこそ何かあるなら何でもやろう、という心境なのだろう。
政宗は、当然悪い気もせず、むしろ自分も騙されてやってもいい、と思っていた。
その尾には根元につるりと研磨された棒がついている。
明らかに性的な道具であるそれを、小十郎は病のまじないだと思い込んでいた。
「・・・小十郎。風来坊の奴は、なんて言ってこれを渡してきたんだ?」
「なんでも、この病の時に必要不可欠とのことです。気心の知れた相手でないと酷く恥ずかしいだろうからと、この小十郎に」
軍師であり、智の片倉と呼ばれる小十郎が、どうしてその説明で騙されてしまうのか、と政宗は不思議でならなかった。
けれど理由はどうあれ、閨事に乗り気な小十郎など、後にも先にもこの一度きりかもしれない。
そう思ったら、慶次の悪趣味な悪戯も悪くないと思えた。
尤も慶次からしたら悪戯というより、本気で仲良くさせようと渡してきているだけなのだろうが。
「そうだな、小十郎。そんな恥ずかしいやつ、お前にしか頼めねえぜ・・・?」
ちらり、と上目遣いで見上げる。
すると小十郎の瞳の奥に、欲が揺らめいた気がした。
「腹ごなしにも丁度良いしな?」
そう言ってまた手を広げて抱き上げるようにせがんだ。