「独眼竜は黒猫かい?可愛いねえ!」
「あらら。竜でも鳥でもなかったね、梵。でも・・・すげえ可愛いんだけど」
外野の慶次と成実は、他人事のように楽しんでいる。
当の政宗は耳が出たばかりであまり具合が良くない。
「小十郎・・・黒猫ってのは、本当か?」
政宗としては、もっと立派なものが生えてほしかったので残念そうな顔で、耳をへたりと垂らしている。
その姿は本当に可愛らしく、小十郎は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。
そして、政宗をかばうようにして肩を抱いたまま後ろを振り返る。
「・・・おめぇら。用が済んだならとっとと出て行け」
「へ?」
呻くような小十郎の声が響いた。
「出てけっていってんのが聞こえねえのか?!政宗様の病中に近づきやがったらただじゃおかねえからな!」
そして慌てて二人は部屋の外に飛び出した。
「ね、ねえ今、小十郎の奴、俺に対しても怒鳴ってたよね・・・」
俺ぁ身内じゃねぇか、と成実はしょげた。
それにあの姿の政宗をもっと見たかったので仲間はずれにされて面白くない。
「まあまあ、恋ってのは時に独占欲に溺れちまう時があるもんだよ」
慶次はフォローになっていない言葉を口にした。
けど、これで本当に政宗の気持ちの中に、戦をしたくなくなるような平穏が生まれればいいと、願ってもいるのである。
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「政宗様、体調はいかがですか?」
「んー少しだりぃ」
畳に頬を擦り付けるようにして床にごろごろと転がっている。
「政宗様!だいぶお辛いのではないですか?すぐ床の準備をして参ります。しばしこちらでお待ちください!」
「んーー」
小十郎が手早く奥にある寝所に床の準備をして戻ってくると、政宗はころころ、と左右に身体を揺らすように床で丸くなっていた。
「ま・・・政宗様?」
体調が優れないのだと思っていたのだが、政宗の顔はどちらかといえば安らいでいて、畳と戯れているようにしか見えない。
「お辛いわけではないのですか?」
「んー。別に。お前が勝手に早とちりして慌てただけだろ」
さして気にしている様子もなく、ころん、と腹をみせるように仰向けになった。
「政宗様!床に就くか、しゃんとされるかどちらかになさいませ!」
小十郎は、だらしのない格好をしてばかりいる政宗を叱りたいのだが、病の事もあるしいまひとつ強くは言えない。
「んーじゃあ、今日は寝るか」
そう言って、両手を伸ばしてきた。
その仕草は、抱っこをねだる幼子である。
「ま、政宗様・・・」
小十郎は、戸惑いながらも今日ばかりは政宗の言う事に従い身体をかがめた。
体は辛くないようだが、病には違いない。
腕の下から背中へと手を回して抱きかかえた。
抱っこをするなど政宗が小さい頃以来で、懐かしくて心が温まる。
きゅう、と しがみついてくるその身体は昔と比べて随分大きくなったものだ。
「こじゅうろ?」
抱えたまま歩き出そうとしない小十郎を不思議に思って、政宗が顔を覗きこんできた。
けれど今の体勢ではあまりに顔が近くにあり、小十郎が息を飲む。
「今更照れてんのか?」
ニヤリと笑った政宗は、ますますジッと見詰めてくる。
ぞくりと腰に走った感覚を誤魔化すように、小十郎は政宗の頭を撫でるようにして、自分の肩口に押さえつけた。
「んっ」
苦しそうに政宗が身じろぐ。
政宗と小十郎は、ほんの数回身体を重ねた事があるのだが、一向にその行為やそこに至るまでの空気に慣れることがなく、毎度戸惑ってしまう。
良く言えば、いつまでも新鮮な二人。
悪く言えば、一向に主従の壁を乗り越える事ができない二人、なのである。
小十郎は煩悩を振り切るように、そのまま無言で政宗を寝所に連れて行った。
ころりと横たえられ布団を被せられて初めて、政宗がむくれた顔をする。
「おいおい、まさかこのまま寝かしつける気かよ?」
「他に何があると言うのですか」
「そりゃあ・・・」
「薬湯の準備をしてまいります」
被せるように政宗の発言を阻止した。
「No、thanks!別に具合は悪くねえ」
「先程発病したばかりでしょう。具合が悪くなくとも本調子ではない事は確か。お願いですから今日は大人しく眠ってください」
政宗は、猫耳が生えたところでさして心境に変化はなく、珍しく二人きりで寝所にいるのであれば閨事をするのは当然だとばかりに思っている。
けれど小十郎は心底心配をして、耳や髪を撫でてあたかも自分が病気になっているかのような顔をしていた。
「All Right、わかったよ。今日は大人しくしてやる」
とうとうその様子に毒気を抜かれたように、政宗は布団をすっぽり被った。
「今日一日だけだからな、明日はちゃんと相手しろよ?」
「ま、政宗様・・・っ」
「Good night」
背を向けられて、見えるのは政宗の髪の毛と黒い耳だけ。
大人しくしてるという意思表示を確認した小十郎は、それ以上話しかけずに退室する事にした。
「おやすみなさいませ」