「・・・?」


どれくらいの時間がたったのであろう。

政宗はぼんやりと目を覚まし、辺りを見回す。


薄暗い中で、灯された僅かな明かりに小十郎の背中がぼんやりと浮かび上がっていた。

頭に羽織を被せておらず、白く長い耳が露出している。


「こじゅ・・・ろ?」

「政宗様。起きられましたか?」


状況が飲み込めず、覚醒しきらない寝惚けた頭で懸命に考える。


「ここ・・・お前の部屋、か?」

「ええ。政宗様のお部屋にお運びしようかと思ったのですが、あまりに気持ち良さそうに眠っていらしたので、こちらでお休みいただいていたのです」


「ん、そうか・・・」


小十郎は、この部屋を訪ねる事すらも良しと思っていない節があるので、まして眠ってしまった政宗を起こさずに見守っていたというのは、かなり意外な事だった。

更に、辺りの暗さから考えると、夜も更け長い時間眠りこけてしまっていたのだとわかる。


「もう、お前も寝る頃合か?」

「ええ。その前にお部屋までお送りいたします」


「・・・いい」

「?」


「ここで、小十郎と、寝る・・・」


小十郎の匂いのする布団に包まれて、安心して心が満たされていた。


近づいてきた小十郎の腕をひいて、布団に入るように促す。


「政宗様、部屋にお戻りいただかないと・・・」

「一日くらい構いやしねぇよ・・・俺がここにいれば部屋まで起こしにくる手間が省けるぜ」


また小言を言われるだろうと思いながらも次の言葉を待っていたら、ふわりと温かな重みに包まれた。


「小十郎・・・っ?」


一組の布団の中で、小十郎が抱きしめてきた腕の重みだった。

自ら言い出した事だが、まさか承諾されるとは露ほども思っていなかったので面食らってしまう。


「病のせいかもしれません」

「?」

「小十郎も、政宗様と眠りにつきたいなどと・・・分不相応な願いを受け入れてくださいますか?」

「!小十郎っ!!」


きゅう、と嬉しさに首筋に抱きつき隙間なく身体を寄せ合う。


身体を重ねるようになっても、主従の関係を重んじて一線をひく小十郎からは考えられない言動。

そして、政宗もまた、意地を張ることもなく子供のように無邪気に甘える姿は、普段の天邪鬼からは結びつかない姿である。

さてこれは、七つの晩の病のせいなのか?


二人は寄り添って、仲睦まじく眠りについたのだった。





**********


目が覚めても甘い空気が漂っていて、互いに撫でさすったり顔をうずめてみたりと、誰かが見たらあてられてしまいそうな程だった。


黒い猫の耳も白い兎の耳も、嬉しげにぴくぴくと揺れるものだから、甘い空気からなかなか抜け出せない。


「政宗様、そろそろ起きねばならぬお時間ですよ」

「いいじゃねぇか、今日はこうしてようぜ」


小十郎は、政宗の甘い言葉にくすりと眉尻をさげて笑った。


「そうもいきません。病中とあれど、政務は待ってはくれませぬぞ?」

「Shit・・・」


耳を伏せるようにしてむくれるが、ようやく身体を起き上がらせ“日常”の政宗に戻った。


今夜もここに眠りにこよう、とこっそりと思う。


自分が甘えたになっているように、小十郎もいつもより柔和な態度で受け入れてくれている。

これを機に、今まで感じていた二人の間の壁を取り払う事ができたらいい、と思っていたのだ。





**********


「小十郎!!」

「政宗様!野良仕事は小十郎にお任せください。土で汚れてしまいますぞ・・・!」

「いいじゃねぇか。俺もたまにはお前の畑を手伝ってやるぜ」

「なりませぬ。政宗様に野良仕事をさせるなど。せめてあちらの木陰でお寛ぎください」

「お前の作った牛蒡の和え物が食いてぇんだよ」

「ではすぐに小十郎が牛蒡を取ってまいりますので、しばしお待ちください。夕餉はこの小十郎にお任せを」

「coolだぜ、小十郎」


小十郎の畑で繰り広げられている主従のやり取りに、成実が呆気にとられていた。


「梵と小十郎、どうしちゃったわけ?気味悪ぃ・・・」


お揃いの手拭いを頭に巻いて、天気の良い畑であーだこーだとやっている。


手拭いは、耳を隠す為につけているのだろうが、端から見れば一緒になって間もない夫婦のような仲睦まじさだった。


慶次にせがまれて町を案内する為連れたって歩いていたところだったのだが、通りがかった事を後悔した。

慶次はというと、立派な狼の耳は既におち病が終わったようである。


「随分仲が良いねぇ!」


慌てて慶次の口元を押さえ、茂みに隠れるように姿を隠す。

あの甘いやり取りの中に入って邪魔でもしようものなら、馬に蹴られてどうにかなってしまいそうだ。


「あれじゃ恋人みたいだな・・・」


独り言のように呟くと、慶次がきょとんとした顔をしている。


「?違うのかい?」


隠れろという指示が多少伝わったようで、先程より声を潜めて訊ねてきた。


「え・・・っ・・・んー・・・違、・・・わないのか」


慶次の質問に、成実は、はたと考えて、自分を納得させるかのように何度も頷いた。


「そうか、そうだよな・・・」


二人が主従という間柄以上に想いを寄せ合っている事は周知の事実ではあったが、『恋人』などと甘い関係を想像した事はなかった。


それは、小十郎が頑なに従者として従う姿であったり、政宗が持つ主として譲れない自尊心であったり、二人に少なからず距離を保つ要素があったからかもしれない。


「でもなんで前田サン、あの二人の関係知ってんの?」

「知ってるもなにも、見てたらわかっちまうよ!あの二人を取り巻く空気みたいなものがさ、桜の花びらみたいな恋の花の色をしてるだろう?」

「ふーん・・・」


成実は目の前の慶次が嬉しそうに腕を広げて説明する様子を、少し遠い目で見守っていた。


けれど、二人と接した短い間に見抜いたというのは大したものである。

こと、恋愛に関しては侮れない人物だ。


成実は、殿とその腹心はほうっておいて、これから町で女の子に声をかけようという慶次の計画にのることにしたのだった。




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