リク小説です。
次の日、再び政宗は小十郎の部屋の前に来ていた。
昨日とは打って変わって辺りは静かで、騒動に懲りたのか人払いをしているようだった。
女中の話によると、小十郎は外に出れぬ間は部屋に篭って政務をするつもりらしい。
「小十郎」
部屋の気配を読みながら、慎重に声をかけた。
「・・・如何致しましたか」
程なく聞こえてきた声は、少し強張っているように感じる。
「・・・入ってもいいか?」
「なりません」
即答された事が腹立たしく、また声を荒げそうになるが、寸でのところで思いとどまった。
昨日と同じ事を繰り返しても仕方がない。
小十郎はかなり頑固者だ。
ムキになってぶつかったところで、思うようにはならないだろう。
「・・・なあ、耳の調子はどうだ?痛んだりしてねえか?」
しおらしく、気遣うような声音をつかってみる。
「・・・いえ。特に調子は悪くありませんが・・・」
「そうか。ならいい」
声音の棘々しさが和らいだ事を聞き逃さなかった。
さて次はどう攻めるか。
この中に入る為ならば、嘘だろうと演技だろうとする覚悟だ。
だが政宗が作戦を考えていると、襖がすす、と内側から開く。
「・・・こじゅう、ろう」
まさかこんなに簡単に姿を見せてくれるとは思っていなかったので面食らってしまった。
相変わらず羽織を頭に掛けているものの、顔ははっきり確認できる。
「政宗様、もしやお体に何か異変が起きたのですか?」
その顔はひどく真剣で、まだ嘘をついたわけでもないのに後ろめたくなる。
「・・・いや、大事ねぇ」
「左様でございますか。・・・安心致しました」
一礼すると、小十郎はまた部屋に閉じこもろうとした。
「ま、待て」
「政宗様、どうかご理解ください」
「・・・断る」
小十郎が戸を開けてくれるまでは、強引に部屋に入り込む真似はするまいと持久戦覚悟でいたものの、姿を見たら欲が出てしまう。
「中に、入ってもいいだろ?」
「政宗様」
ふう、と溜息をついて、眉間に皺を寄せている。
けれど拒む言葉など聞きたくもない。
思えばこの耳が生えてからというもの、小十郎に拒まれてばかりだ。
普段ならば有り得ない事で、秘かに傷付いてもいた。
ちくり、と胸を掠める痛みに戸惑う。
「小十郎・・・」
部屋の前の廊下だというのに、その胸に顔を埋める。
「政宗様・・・?!」
さすがに慌てた様子で引き剥がそうと腕に力が篭る。
「また、俺を拒むのかよ」
自然と口をついて出た声は、なぜだか掠れていて、小十郎の身体が強張った。
「・・・っ」
途端に目の前が暗くなり、身体をぐいと引かれた感覚がする。
襖を閉じる音と、小十郎の匂いが強くなった事で、部屋の中に招き入れられたのだとわかった。
頭から小十郎の羽織が被せられ、その腕に抱きしめられていた。
「こじゅうろ?」
甘くて優しい束縛をされて、自然と頬が緩む。
ずっとこの腕に閉じ込められていたいとふやけた考えまで浮かんで、頬をそのまま擦り寄せた。
「政宗様・・・っ申し訳ありませぬ・・・」
「?・・・なんで謝んだ?」
「貴方を泣かせるつもりなど・・・っ」
「え?」
小十郎が何を言っているのか理解ができなかったが、優しく抱きしめられて頭を撫でられて。
これは、幼い梵天丸が涙を見せた時に、小十郎がしてくれた慰め方だと思い出した。
そして擦り寄っていた小十郎の着物が僅かに湿っぽく感じたので顔を上げてみる。
すると、そこには涙の染みができていたのだ。
「なっ・・・なんだこれ・・・っ」
「?政宗様?」
政宗は、自分が涙を流していたのだと気付き驚愕した。
「ち、違う、小十郎!これは勝手に・・・っ」
すると、また腕の中に閉じ込められて。
「小十郎の口が過ぎました。貴方に心無い言葉ばかり・・・」
「ち、ちげぇって言ってんじゃねぇか、これは、そうだ、病のせいだ!」
小十郎はそんな政宗の言葉にも、はい、と返事だけして頭を優しく撫でている。
あまりにも不本意だった。
病のせい、それしか考えられない。
慶次が、この病は精神面にも変化があると言っていた事を思い出したが、今の小十郎には何を言っても無駄な気がした。
勝手に出てくる涙と、居心地の良い胸の中で、段々小十郎に言い訳する事などどうでも良く思えてきて、ふわぁ、と欠伸がでる。
「政宗様、落ち着かれましたか?」
「ん・・・?あぁ・・・」
瞼が重たくなり声を出すのも億劫で、身体を預けたまま、まどろんでいく。
なだらかに遠のいていく意識の中で、髪の毛を優しく梳く温かなぬくもりを感じていた。