同じ場所にいるだけでは病はうつらないという事なので、結局慶次を屋敷に招きいれ、話を聞く事になった。


小十郎には、成実から病の存在を聞くところからはじめる。


「そんな奇病、わざわざ伝染そうとしに来るってのは一体どういう了見だ?」


凄みをきかせている小十郎のあまりの恐ろしい形相に、横で説明していた成実の顔色が悪くなっていく。


けれど当の慶次はやはりあまり気にしていない様子で、


「まあまあ、最後まで話を聞きなって」


と暢気に言って政宗に向き直った。


「この病の事は大体わかってくれたかい?」

「ああ」


慶次と成実が説明した内容によると、


人によって種類は異なるが、人以外の何かの耳が頭に生えること。

約七日程でその耳は落ち、元に戻るということ。

恐らく一生に一度発病する類のものだということ。

日常生活に支障がでるような、体調をおかしくするものではないこと。


といった事だった。


「今の時期、どこの軍も英気を養う為に動き出さないだろう?」


日の本全体の大戦が終焉したばかりで、どこの軍も疲弊した兵を休ませているところで、慶次の言う通り、しばらくは動きたくとも動けない。


「この病はどうも平和ぼけするっていうか、心が穏やかになってね。誰かと争いたいなんて気持ちは起きなくなる。
 けど戦がまた始まっちまうんだったら、その時発病者の多い軍は不利なんじゃないかってね」


慶次の場合、病云々の前にそれがいつもの性格、標準装備なのではないかとその場にいる三人は思った。


「何企んでやがる」

「今言った事が全てさ。皆仲良く発病してさ、いい子とのんびり過ごすっていうのを独眼竜にも味わってもらいたいんだよ」


政宗は、表情を変えないまま思案する。

慶次の思惑はともかく、今まで聞いた病の特徴が事実ならば、今のうちに済ませておくというのはそう悪くない提案だ。


「小十郎、どう思う」

「は。確かな事はもう少し情報を集めてみない事には何ともいえませぬが、病中に普段と違う体調の異変をきたす可能性を考えれば、今のうちにかかっておくのは悪くないかと」

「Hum・・・」

「後は前田がその隙をついてここを攻め込もうなどと、考えていなければ、の話ですが」


ふ、と鋭い視線を向けられた慶次は、心外だ、というように慌てた。


「ちょっとちょっと!お兄さん達?俺の立場とか考えとか知ってるでしょ?
 争い事なんて全く興味ないし、好きな人達が笑って、恋をして、幸せに暮らす事ができる世の中になってほしいって思っているだけさ」

「肩もつわけじゃねぇけど、前田サンに動かせる軍があるとも思えないし、信用はできる人だし、問題ないんじゃないの?」


成実の助け舟には、慶次も苦笑いをした。


「ま、そーいうこと。なんなら、独眼竜の病中は人質として屋敷に留まらせてもらうよ?」

「おめえ、まさかただ単に宿が無ぇだけじゃねえのか?」


政宗の言葉に、今度は慶次はひゃっと慌てて背筋を伸ばした。


「そりゃ、奥州でのんびりしてる間は泊めてもらえたら嬉しいなあとかは思ってなくもないけどさ」


少し口ごもりながらの弁解は、“その通り”だと認めているような内容だった。


以前の大戦の前、訊ねてきた慶次を仕方なく一晩泊めてやり、小十郎の料理を共に食べたのだが、その時やたらと感動していたのを思い出した。

もっとも、政宗の為にと作った手料理を慶次にも振舞う結果となった小十郎は、不本意で終始機嫌が悪かったのだが。



「で?どうやったら伝染るんだ?」


政宗と小十郎は同時にその疑問にたどり着いた。

どうも嫌な予感がして、自然に顔が強張る。


「まあ、手っ取り早いのは口付けだね!」


語尾は歌でも歌いだしそうな調子で言ってのけた。


「却下だ!もう帰れ!!」


額に青筋をたてて怒号を発したのは勿論小十郎だ。


大切な主である政宗の唇に、わざわざ他の者が触れる事に何故賛成しなければならないのか、といった様子である。


その小十郎に、予想外にも政宗を含む全員が呆れた目を向けていた。


「別にいいじゃねぇか、口くらい。俺はてっきり交われとか言われるのかと思ったぜ」

「な?!」


そんな事を言っていたら、小十郎ならば屋敷内でも刀を抜いてしまいそうである。


「さすがに、それだったら俺もここへは来てないよ。可愛い子は老若男女関係なく愛でるけど、基本的に俺は女の子が好きだからさ」


その発言にも問題があったが、小十郎は相当政宗の発言が応えたようで、肩を落とし項垂れていた。


「思ったんだけどさー」


突如、今まで大人しく話を聞いていた成実が口を挟む。


「だったら、前田サンと小十郎が口付けして、小十郎が梵に伝染せばいいんじゃねえの?」


その思わぬ提案に、皆が一瞬動きを止める。

明らかに嫌そうな顔をしたのは、当然小十郎と慶次だ。


「さすがにそれは・・・。独眼竜ならまだしも、ちょっと片倉さんはいかつすぎるっていうか・・・俺敵わなそうだよ」


慶次はまるで小十郎が襲ってきそうだとでも言わんばかりの口調である。


「寝惚けた事言ってんじゃねぇぞ?悪いが俺は理想が高い。その上余所見はしない性質でな」


恋愛論に関しては絶対に気があわなそうな二人だ。


「・・・おい風来坊。言っとくが小十郎は竜の右目だ。勝手に口吸いなんてできると思うなよ?」


そして沈黙していた政宗は突如バリバリと雷を纏っているのだった。


「わ、ちょ、ちょっと待って。独眼竜、俺、俺今丸腰・・・っ」


そして屋敷中に慶次の情けない悲鳴が響き渡る。



「いちちちち・・・」

すんでの所で避けて、けれど無残に引き裂かれた障子の桟で手を軽く切ってしまったようだ。


「あ〜あぁ。大丈夫?前田サン」

「なんとかね、にしても部屋の中で暴れるのなんて、甲斐の虎の所だけかと思ってたよ」


そうぼやく慶次の前に、むすっとした顔で政宗が近づいてくる。


「わ。なに?まだやる気かい?それなら外で・・・」


す、と慶次の腕を指でなぞって、擦り傷から滲み出た僅かについた血を掬うと自らの口に持っていった。


「あ」


そして皆が見守る中、政宗がぶるり、と身体を強張らせるとその場にうずくまった。


「政宗様・・・!」


慌てて小十郎が肩を支えるようにして介抱する。


「おい、前田!身体に支障はねえんだろうなあ?!」

「ないない!まあ、これで無事伝染ったと思うよ?」


「あ・・・頭、あちぃ・・・」


そして次の瞬間、政宗の頭に黒く毛艶の良い黒い猫の耳が生えたのであった。




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