政宗の耳が生えてから、今日で三日目。
慶次が言うような、“いい子とのんびり過ごす”というのは叶っていない。
「あれ?梵、もう布被ってないの?」
廊下で鉢合わせた成実が、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ああ。口煩せぇ奴が引き篭もっていやがるおかげでな」
あきらかに機嫌の悪い政宗に少し躊躇するも、近くで猫耳姿をじろじろと見てくる。
「やっぱり似合うね!その耳。聞いた話だけど、大体その人間の性質とかを現す耳がでる事が多いんだって」
「へぇ」
「あ、そういえばその口煩い奴は何の耳だったわけ?つかなんで引き篭もってんの?この間まで梵を人目に晒さない事に必死じゃなかったっけ?」
成実の疑問は尤もだ。
あれだけ政宗の耳を他人に見せないようにと、厳重な警戒網を敷いたくせに、自らの耳が生えてからはすっかり放置状態である。
当然、面白くない。
「ああ。小十郎の奴にも、よく似合ってる耳がでたぜ?」
「だから、何の?」
「・・・自分で確かめろ」
政宗は教えてやるのは勿体無い気がして、勿体ぶらせたまま成実の前から立ち去った。
「おい、小十ろ・・・」
角を曲がって小十郎の部屋の前までくると、そこには何故だか伊達の兵士達。
「・・・おめぇら、ここで何してやがんだ?」
「あ、筆頭!小十郎様が誰も近寄らせるなってんで、俺ら見張りしてるとこっス!」
「なんで近寄らせねえんだ?」
「なんでも姿を見た者には流行り病が伝染るからとか・・・ってあれ?筆頭も」
「ああ。姿を見ただけじゃ伝染らねえよ」
数人いた兵は、皆揃いも揃って政宗の頭上に生えている黒猫の耳に注目した。
「随分・・・か、可愛らしいっスね・・・」
なかには頬を染めている者もいる。
すると、スパン!と襖が開いて、中から羽織を頭から被せた小十郎が現れた。
「あ!小十郎様!」
兵の言葉が言い終わる前に、ぐいと政宗にも羽織を頭に被せて再び同じ音を立てて襖を閉じた。
「・・・小十郎、てめえ・・・」
羽織を頭からすっぽり被せられた政宗は、恨めしそうに襖に向かって呟く。
「あれほど、そのお姿を見せてはならないと申したはず!」
中からくぐもった声が聞こえる。
「てめぇ。姿も見せずに説教たれるたぁ無礼にも程があんだろうが!!」
兵達は、政宗と小十郎の襖越しの喧嘩に、この場を離れるべきかどうするかと皆顔を見合わせている。
「小十郎のこの姿は不快を与えますゆえ、病の間は姿を見せぬ事をご理解いただきたい」
「ふざっけんな、てめ・・・」
「まあ待ちなよ、独眼竜」
そこに政宗の言葉を遮るように現れたのは慶次だった。
伊達の武将でもないくせに、兵達に目配せをしてその場を離れるようにと指示をだしている。
「なんだ、大道芸人。まだ居やがったのか」
「まあまあそう言わず。少しだけ俺と話をしないかい?片倉さんも頑なになっているようだし、二人共頭を冷やした方が良さそうだ」
「・・・ち」
舌打ちをして、渋々小十郎の部屋から離れた。
頭に血がのぼって、少々冷静さにかけていたという自覚があったからである。
「で?なんだよ話って」
「片倉さん、無事伝染ったんだね?」
「それがどうした」
「あの調子だと、あんたに見られなくないような耳が生えちまったってとこかい?」
「・・・・・・」
政宗は、ぐ、っと押し黙った。
昨日の事を思い返していたのだ。
元はといえば、あまりの意外さと可愛らしさに自分が笑ってしまったから、小十郎がこんな状態になったのかもしれない。
「俺は・・・Cuteだって言ったんだ。少し笑っちまったけどよ」
「成程ね。右目の兄さんも、可愛いところあるんだねえ」
「Ah?」
「独眼竜に笑われて、傷ついちゃったんじゃない?」
「・・・そんなタマじゃねえよ・・・」
思わず呆れた声をだす。
「ただ・・・似合わないって勘違いしてやがるのと、情けないから見られたくないってとこだな」
「なんだ、気持ちは解ってるくせに喧嘩してたのかい?」
「・・・うるせぇ」
政宗は少し冷静さを取り戻した頭で、明日もう一度小十郎と話をしようと思い直した。
「そういえば、あの黒猫の尾は試してみたかい?」
「・・・っ!」
慶次の言葉に、カッと頭に血がのぼる。
そういえばあの尾は、慶次が小十郎に渡したものだった。
「・・・随分悪趣味じゃねえか、あんな玩具をよこすたぁ」
「あはは、やっぱり単なる玩具だって気付いちまってたかい?」
慶次は悪びれることなく、むしろ爽快な笑い声をだした。
「右目の兄さんはよっぽど独眼竜を心配してるんだろうね。病の時に丁度良いって言ったら、願掛けのようなものだと思い違いをしていたみたいだから、敢えて否定しなかったんだよ」
「・・・お前な。うちの腹心を謀って遊んでんじゃねえぞ」
じろり、と睨むと、両手を胸の前でひらひらと横に振り、そうじゃないと否定した。
「甘い時間を過ごしてもらいたかっただけさ。いつも一緒にいると飽きちまってるんじゃないかってね」
「生憎、心配無用だ」
そう言って慶次に背を向けて歩き出す。
背後から、ひやかす口笛を吹かれたのも無視をした。