2.side Kojuhrou
―――そろそろ集中力がきれた頃か
小十郎は茶の用意をすると、主の部屋へ向かう。
部屋の内側に気配を感じ、ひとまず部屋を抜け出している事への懸念はなくなった。
集中力が途切れると、やりかけのものを全て放り出して、気分転換をしに行ってしまう事も少なくはない。
居るだけマシ、である。
一息つかせ、肩でも揉んで差し上げよう。
と、小十郎は自分の甘さに苦笑いした。
「梵天丸様 小十郎に御座います」
許可を得て部屋に足を踏み入れる。
予想通り集中力がきれたようで、手元の書物は全く読み進んでいないようだ。
小十郎は、梵天丸の表情を見るなり一瞬目を見張る。
最近の主は、随分大人びた顔をするようになってきた。
嬉しいやら、寂しいやら。
それが自身の勝手な感情である事は重々承知しているが、幼い頃からずっと仕えてきた身としては、自分が居なくても差し支えない状況を少なからず寂しく感じてしまう。
だからほんの時々。
以前のように自分だけを求めて欲しいという欲望に抗えない時もある。
「肩でも揉ませましょうか」
そんな言葉も、主の心を探るため。
「お前でいい」
心の底に潜む喜びが顔にでてしまわないように、ぐっと押さえ込む。
それでも、長く共にいる梵天丸には隠しきれなかった表情を読み取られてしまう。
「・・・何笑ってんだよ?」
ふてくされたような愛らしい顔で見上げてくる主に、ますます笑みが深くなってしまう。
そっと背後から肩に触れ、つい試すような事ばかり言ってしまう。
一家臣である自分が、分不相応にも程があると解ってはいるのだが。
それとなく、幼い頃に自分ばかりを必要としてくれていた頃の思い出話をしむける。
「小十郎、お前がなんでも出来るから、他の奴にやらせなくても十分事足りていたからだ」
明らかに照れ隠しとわかる物言いをする主が、心底愛おしい。
幼き梵天丸を自分の手で守る為、大抵の事は人並み以上にこなすよう努力を惜しまなかった。
初めて小さな主が与えてくれた、信頼される喜び。
この幸せを手放す気はない。
一通り肩を揉み解してやると、着物ごしにも肩の血行が良くなり暖かさが伝わってきた。
久し振りに、許された行為だ。
もっと心地よくさせて、他の者に揉ませる気など起きなくさせてしまいたいという独占欲にかられ、今度は首すじに手を伸ばす。
着物を緩め露わにした首すじに一瞬見惚れる。
普段は襟元に隠れ、露出する事があまりないそこは、女子のように白く儚い。
剣の稽古をするようになってからは、幾分逞しくなったものの、線が細めなのは相変わらずだ。
触れるとビクリと震えて、耳がほんの少し赤くなった。
―――限界だ・・・
頭の中で数を数えながら、揉み解す行為にだけ集中するように自分を叱咤した。
最近大人びてきた梵天丸が、色事に興味を持ち始めている事には気付いている。
主の年を考えれば、当然だろう。
だがその興味が、どうも自分の方にも向いているように感じて仕方がないのだ。
それが単なる自惚れであれば大した問題ではないし、杞憂であったと自分自身を誤魔化すこともできるだろう。
だが、真実ならば大問題だ。
少なからず想いを寄せる主からの好意なら、この上ない喜びである。
が、同時に主の道を誤らせる事に他ならないのだ。
将来奥州を統べるかもしれないお方。
当然名のある姫君を妻として迎えるはず。
家臣との不祥事など、当然あってはならない事だ。
梵天丸の可愛らしい反応にも、鋼の理性で対応せねばならない。
どうしたものかと考えあぐねていると、背後へと振り返ってくる主と目が合う。
妖艶とも思える表情で
「小十郎、背も揉んでくれ」
と、ねだられた。