無意識


1.side Bontenmaru



梵天丸は、当主になる候補の一人として、奥州をはじめ周辺諸国の情勢、果ては戦の戦術まで幅広く学ぶようになった。

今日も、与えられた書物を前に文机に向かっている。


だが、なかなか捗らない。



どうしたらあの堅物の気を引くことができるか―――



そろそろ部屋にやってくるだろう男の事で頭がいっぱいになっているせいだ。


「梵天丸様 小十郎に御座います」

「ん。入れ」

「はっ」


すっと襖を開けて入ってきたのは、先ほどまで頭の中を支配していた男。

髪をきっちりと後ろへ撫で付け、背筋をぴんと伸ばしたその姿は、少しの隙もみられない。


「茶をお持ち致しました」


梵天丸が勉学に行き詰る頃合を見計らって、決まって茶やら菓子やらを持ってくるのだ。



共にいるようになってからもうすぐ2年になる。

いつの間にか、大抵の事は把握されていた。



だが、今回の我儘ばかりは、気付くはずもない。

まさか主が家臣に欲情しているなんて。


「・・・Thanks、小十郎」


はあ、と小さく溜息をついてから礼を言う。


その浮かない様子に気がついたのか、小十郎はすぐに退室せずにいた。


「梵天丸様。勉学は捗っておられますか?」

「No・・・見ればわかるだろ」


げんなりして答える。


小十郎は、だいたいお見通しのくせにわざわざ聞いてくる節がある。


「その様ですね。・・・肩でも揉ませましょうか」


すぐに腰を浮かせる小十郎を慌てて引き止めた。

不思議そうに、次の言葉を待っている。


「お前でいい」

「は?」

「・・・肩」

「はっ。・・・あまり心地よくないかもしれませんが、宜しいので?」

「お前がいーんだ!」


なかなか触れてこようとしない小十郎に、つい苛立ちを含んだ声を出してしまった。


しまった、と思いチラリと表情を伺うと、予想外に笑みをこぼした小十郎と目が合う。


「・・・何笑ってんだよ?」

「いえ。少々懐かしい気持ちになりまして」


ようやく背後にまわり、そっと肩に触れてくる。

懐かしい、という言葉が意味するところに思い当たって、嫌な予感がした。


「梵天丸様の幼き頃は、なんでもこの小十郎に世話をさせてくださり。先ほどの言葉をよくおっしゃられた」



『こじゅがいい!!他の者はさがれ!』



肩を揉んでくる小十郎の手は暖かくて大きくて、じわじわと心地よさが広がっていく。


「小十郎、お前がなんでも出来るから、他の奴にやらせなくても十分事足りていたからだ」


幼い頃の話を蒸し返されるのは苦手だ。


今よりずっと素直で、小十郎に甘える事にも抵抗がなかった。

思い出せば恥ずかしい思い出ばかりなのだ。


「勿体無いお言葉。ですが此処には指圧の心得のある者もおります故、一度試されてみては?」

「・・・・・・」


勿論小十郎が不在の時に、他の者にやらせた事もあった。

確かにそれを生業としているだけあって、丁寧に揉み解されて身体は軽くなったし、文句をつける所などなかったが。


心地よい、と思うのは小十郎なのだ。


「試した事くらいある。・・・てめ・・・知ってて言ってやがるな」

「これは失礼致しました。では、それでも小十郎をご指名くださるのは喜んでいい事なので?」

「・・・hum」


小十郎の意地悪に毎度ムキになってしまうから、いつまでも子供扱いなのだろうか。

そう考えると、どうにかそこから解決の糸口はないものか、と思いを巡らせ始めた。


子供として見られているならば、情欲を含んだ目で見てもらうなど程遠い。


「失礼」


物思いに耽っていると、首を揉むためだろう、着物の前を少し肌蹴させられた。


「!」


襟元を上に引き上げ首を露わにすると、大きな手が直に触れてくる。

その突然の感触にビクリとして肌が粟立ってしまった。


過剰な反応をとってしまった事が気恥ずかしくて、頬が紅潮する。

だが、いつまでたっても小十郎がからかってくる様子はなかった。


黙々と首を揉み解している。

事務的とも思える程淡々と、落ち着いた動作だ。


じわじわと疑問が湧いてくる。


自分の事に関して敏感すぎる程の男が気付かなかったわけではないだろう。

気付いていて敢えて、素知らぬふりをしているのは明確だ。

それすらも小十郎の意地悪に思えてきて。



―――なんか苛つく



恥ずかしさを通り越して、逆に意地悪をし返したくなってくる。


この澄ました家臣を誘惑して、その気にさせれば良いではないか。





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