3.side Kojuro
政宗の部屋で勉学の手伝いを始める。
そう言っても、結局頭にいれ理解しなければならないのは政宗なので、小十郎は種類毎に分別をしたり、誤字脱字がないか確認作業をしたり。
やり散らかした紙を綺麗に巻いたり折ったり、政宗の作業に必要なものを用意したりといった補助的なことのみだ。
あと一息。最後の宿題を机に広げたところで、政宗が突っ伏して寝ている事に気付いた。
ほんの一瞬目を離した隙に、随分気持ち良さそうに寝入っている。
「なんでこの一瞬で寝ちまえるんだ、この方は・・・」
その壮絶な生い立ちのせいか、本来政宗は他人に対して神経質なところがある。
人前では眠れないし、無闇に触れ合う事もない。
笑顔に至っては、好戦的な笑みやうっすら微笑む程度のもので、屈託のない笑顔は誰でも拝めるわけではなかった。
そんな政宗が、自分の前ではこうも容易く寝顔を晒してくれる。
その事が堪らなく嬉しい。
無邪気な寝顔を眺めて頬を緩めていたが、このままでは体を痛めてしまうだろう。
「政宗様、今日は終いにしましょう。床の準備をしましたので、そちらでお休みになってください」
他人が入ってきたら途端に起きてしまうだろうから、小十郎が奥の政宗の部屋の準備をした。
「ん・・・・・・?おれ・・・」
「寝てしまわれたのですよ。もうほとんど終わっているようなもんですから、明日朝一番で済ませて午後に間に合わせればいいですから」
そして肩を支えようと手をかけるが、つかまってくる様子はない。
「政宗様?」
「んー・・・」
それどころか、せっかく顔をあげさせたのにこくりこくりと舟をこぎはじめる。
その動きに、するする、と肌蹴すぎていた夜着が肩から落ちていって、触れる事を躊躇してしまった。
「あ・・・」
その反応の遅れから、政宗の体が倒れこんできて慌てて左手で支えた。
「ふ・・・こじゅう、ろ」
なにかに己を試されているのだろうか。
小十郎は抱きとめた身体を、離す事も抱きしめる事もできずに呆然とした。
政宗は安心したように腕の中で眠っている。
すうすうと穏やかな息がこぼれる唇や、緩やかに上下する露わになった滑らかな胸板に目がいってしまって、
もう駄目だ。
そう思った。
この部屋に足を踏み入れた時、既にそんな予感はあったのだ。
湯浴みをした後の色気やら夜着のはだけ具合やら。
両の手をつかまれて、愛らしく見上げられた時は、畳みに組み敷きたい衝動にかられた。
大人と子供の境目の危うい魅力。絶妙な均衡。
最近は、政宗に近づき過ぎないようにと、忙しさに身を投じ距離をおいていたというのに。
「政宗様・・・」
そっと幼さの残る唇に重ねるだけの口付けをおとした。
以前に唇を重ねてしまった時に、二度と過ちは犯すまいと心に決めたはずが、二人きりになって身体が触れ合った途端にこのザマとは。
小十郎は、思っていたよりも歯止めのきかない自分を持て余した。
ふるり、と政宗の唇が動いた気配にも後戻りができずに、唇を優しく吸った。
「ん、ぁ?こ、・・・こじゅう、ろ・・・?」
「政宗様・・・このような無礼・・・お許しくださいますな」
「え・・・」
そのまま開いた唇に舌を差し入れて、熱い舌を絡めた。
「ひゃ・・・んん」
小十郎の舌の熱さが伝染するように、政宗の舌も熱を持ってくる。
起きぬけに、家臣からこのような仕打ちをされさぞかし驚いているだろう。
いっそ嫌だと一言言ってもらえば、止める事ができるのか?
両手で顔をはさむようにして包み、拘束していた手に政宗が触れて。
いよいよ拒否されるだろうかと漸く唇を放した。
心臓の音が痛い。
「こじゅうろう・・・も・・・っと」
目元を赤くした政宗の懇願するような呟きに、何故か泣きたくなるような気持ちになった。
もう一度、今度は触れ合わせるだけの口付けをして。
「政宗様、明日になったら、どのような罰も受けます」
「・・・ばかやろ・・・もうそういうのはヤメだ」
先程まで添えられていた手は、首にしがみつくようにして絡んでくる。
「もう、わかってるだろ?俺がお前をどう思ってるか・・・」
頬に優しく押し当てられる柔らかい唇。
されるがままになっていると、顔中いろいろな所に戯れのように触れてくる。
「 。」
最後は唇の中で言葉が紡がれた。
「政宗様・・・・・・ 。」
唇で会話をしながら、注ぎあう気持ち。
気付いていた?
気付いていなかった?
それとも、とうの昔に知っていた?
無意識に通わせあっていた心は、ようやく意識の領域に辿り着いた。