2.side Bontenmaru
「政宗様!なんですかこの量は!」
「わりぃ、棚の中に仕舞っといた分、うっかり忘れてた」
目の前に追加して増えた書物の量に、小十郎の怒号が響く。
政宗の当面の仕事は、学の師からだされる宿題を片っ端から頭にいれていく事なのだ。
もし当主となった暁には、一城の主としての勤めがある。
主たるもの武芸に秀でて然るべき、との考えである輝宗の、我が子への愛ある処遇だ。
「何故棚などに仕舞うのですか。いつものように置いておいてくださらねぇと、小十郎も量が確認できないでしょう」
そう、小十郎は、朝晩の挨拶で部屋に顔をだす時などに、積み上げられている書の量を見て、小言具合を調整しているらしいのだ。
「これは、今日夜更けまでやっていただかないとなりませんね」
「・・・・・・・」
少ししおらしく無言になってみる。
すると、小十郎が溜息をついて
「小十郎もお手伝いいたしますから」
そう言われて、内心にやにやしていた。
今回は確信犯である。
前にも一度夜更けまで手伝ってくれた事があったのだが、後になりあれは好機だったと惜しく思っていた。
好機、というのは勿論、小十郎と接近することである。
2年程前に仕掛けた時は、あまりの自分の経験値のなさにあえなく断念して、口付けどまりだったのだ。
それからというもの、隙あらばと狙っているのに、小十郎に付け入る隙が全くない。
さすがに政宗といえど、人前で迫ったりする程強引にはなれなかった。
想いが通じていれば別かもしれないが、今の所相手にもされていないのだ。
それに政宗の元服が決まってから目の回るような忙しさで、なかなか二人きりになる事はなく。
連敗続きのまま年月ばかりが経過していた。
―――俺もこと小十郎に関しては大概気が長ぇな
けれど、それもさすがに限界だ。
元服の時に、性たるものの知識や自分で行う処理というものを、小十郎の義兄にあたる鬼庭綱元から説明をうけた。
既に知っていた事は知らん振りして大人しく聞いたのは、小十郎が後で実演で教えてくれるんじゃないかと期待したからだ。
当然そんな気の利いた事は用意されておらず、待っているだけでは駄目だ、と改めて気付かされた。
―――ぬるいのはもう無しだ
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夕餉も湯浴みも済ませて部屋で寛いでいると、小十郎が部屋にやって来た。
「政宗様」
「おう、はいれ」
「失礼します」
「小十郎、済まないな。助かるぜ」
「いえ・・・その、政宗様?」
「あ?」
「些か着崩れし過ぎてやしませんか」
小十郎の指摘通り、政宗は夜着姿で前を大きくはだけさせて、帯を締めたところまでガバリと開いている。
勿論わざとだ。
「そうか?寝る時はこうだぜ?」
「確かに朝起きていただくとよく肌蹴ておりますが・・・まだ床に就くわけではありませんし、お一人ではないのですからきちんと正しますぞ」
そう言うと衿に腕を伸ばしてくる。
「俺と小十郎の仲だろう、いいじゃねぇか!」
その手を制する為に両手首を掴むようにして、笑顔で首を傾げた。
これも計算のうちなのだ。
小十郎は、小首を傾げて上目遣いをすると高確率で目を逸らす。
嫌いでないのなら、意識しているという事ではないかと踏んでいる。
「全く、仕様のないお方だ。但し、それで部屋の外へは出ないと約束してくださいますな?」
「All right!!」
よし、第一関門突破、と口笛を鳴らしたい気持ちになる。
「ではさっさと終わらせちまいましょう。?・・・政宗様、随分量が減ってやしませんか?」
「おう!棚のやつは、期日を勘違いしていただけだから、今日はこれだけで十分だ」
「・・・左様、ですか」
小十郎は身構えていたせいもあって拍子抜けしたらしく呆れた表情をしていたが、一瞬の間の後、
「このぐらいならすぐに終わりましょう。ならば先の期日の方も少し片付けておくべきかと」
「は?!いい。断る!」
「?お休みになるのに差し支えない程度の時刻まで、という事ですよ?元より夜更けまでやる予定でしたし問題ないのではないですか」
「いいって、遠慮しとく!」
「全く・・・どうせやらなければならないのですから、小十郎がお手伝いできる日に進めておけば後で楽になりましょう」
楽になる、に少し魅力を感じるが今日はもっと魅力的な事がある。
「とにかく、まずこれをやっちまおうぜ!!」
無理矢理話題を逸らすと、早く取り掛かったほうが良いに決まっているので、小十郎もそれ以上は食いついてこなかった。