無意識心・

「無意識伝心」の続編です

1.side Kojuro



梵天丸は、昨年元服し藤次郎政宗と名を改めた。


華奢な体躯ではあるが身長も伸びてきて、顔つきも聡明にみえる。

あくまでも、見た目の話だ。



「政宗様!!!どちらにおいでか!!?」


やるべきことが残っているというのに、部屋はもぬけの殻だった。

大声で呼びかけるが返事もない。


「ちっ・・・どこに行かれた・・・誰か、政宗様のお姿をみなかったか?」


勉学に飽きると部屋を抜け出してしまう癖は、何度言っても直らない。

小十郎が口うるさくしても何処吹く風で、のらりくらりとかわすのだ。


期日が迫れば夜遅くまで起きてやるはめになるのだから、最初から少しずつ進めておけばよいものを。


侍女や忍びに訊いても行方は掴めなかった。


城の外に行ったならば見つけるのは困難だ。

いくら腕がたつようになったとはいえ、少しは立場を理解し用心してほしいものである。


だがいくら気を揉んだところで、抜け出した政宗は夕刻くらいまで戻らないのが日常だった。


諦めて畑いじりにでも行こうかと思ったが、結局、書庫へ向かう事にした。


眠る前に書物を読む政宗の為に、書庫にあるものを小十郎が選んで持ってくるのが昔からの習慣である。

さぼり癖があるくせに、書物を読むのは好きなのだ。



ひんやりとした薄暗い書庫へ入ると、そこには先客がいた。


「!政宗様」


今の今まで探していた張本人だ。

部屋から直接ここに来たのだろう、着流しの姿だ。


「おう、小十郎」


「どうなさったのです?書物探しなど言ってくださればこの小十郎が致しましたものを」

「Ah〜たまには自分で見てみたくてよ!」


手元を見ると、少し大人びた恋物語がちらりと見えた。


「政宗様もそういったお話に興味がおありですか?ならば・・・」


そう言って政宗の手から大人向けの書物を取り上げると、もう少し純愛な恋物語を手渡す。


「・・・・・・」


―――わざとらしかったか?


政宗の仏頂面に、意図が伝わってしまっただろう事がわかる。


「別に男女の恋愛話が読みたいわけじゃない」

「・・・は、左様で」


嫌な予感がする。


「衆道の話とかねえのか?」

「ま、政宗様??!どこでそのような知識を!!」

「結構前から知ってるぜ!時宗から聞いた」


様子を伺うような瞳で見詰めてくる主から、思わず目を逸らした。

最近は以前にも増して、対応しかねるような色恋沙汰の話をしてくるのだ。


「奥方様を迎えた時の役に立つやもしれませんね!」


そう言い放つと、先程取り上げた方の書物を政宗に返した。


「なんだ、意見のコロコロ変わる奴だな」

「臨機応変と言って頂きたい!」



政宗と過去に一度、口付けをしてしまった事がある。


仕掛けられて仕返して、といった流れだった。


その時は、小十郎が備えているという“臨機応変さ”で乗り切り、その後もそういった流れにならないようにと努力し続けている。

政宗の一時的な興味だろうから、自分がしばらく我慢を続ければ何も問題は起きないと思うのだ。


小十郎にとって、政宗は自分の命より大切な存在で。

密かな愛情を胸に抱えていたが、打ち明けるつもりなどさらさらない。


一生側で守ると心に決めている。

ならば愛情ではなく忠誠心のみだと、そう認識してもらう必要があった。


政宗の隣という位置をなくす事が一番の恐怖なのだから。



「さあ、政宗様。書物も宜しいですが部屋へお戻りください。勉学が溜まっておられるでしょう」


そう言って政宗を見やると、自分で選んだ書物はいつの間にか棚に戻したようで、小十郎が選んだ書物だけを手にしていた。


それを見てつい頬が緩む。

すると照れくさそうに、行くぞ!とさっさと書庫から出て行った。


なんだかんだと言っても、素直な所は昔から変わっていない。


けれど身体は随分成長したと思う。

傅役になった頃は年の割には小さく痩せていたが、今は恐らく年齢的に少し高いくらいの身長なのではないか。

短期間に随分伸びたし、大人びた。


そんな事を考えながら、政宗の背中について歩く。


政宗の成長は嬉しい。

けれど奥底に眠らせている感情がでてきてしまいそうで、時々焦燥感に駆られる事があるのも事実だ。




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