少し日が傾き始めた夕刻に、宴が始まった。
一通り祝いの挨拶などが終われば、飲めや歌えの大騒ぎ。
今夜は軍の兵士から伊達の家老も揃っての、無礼講である。
そんな喧騒の中、右斜め前に腰を落ち着けている小十郎を見やり、朝からずっと考えていた事を口にする。
「小十郎。お前は何が欲しい?」
「?何が欲しいかとおっしゃいますと?」
突拍子もない質問に、目を丸くして聞き返してきた。
「俺は、毎年小十郎にticketを貰ってる」
そう言うと、小十郎は困ったような顔をして笑った。
「小十郎の誕生日の話ですか??いつも勿体無い品を頂いております・・・これ以上欲しいもの等ありませんから、今年からは本当にご用意いただかずとも・・・」
「No、今日の話だ」
「は?今日、ですか?」
「ああ。何が欲しい?」
「・・・今日は政宗様のご生誕の日でございますが」
何を言い出すのか、という言葉が顔にかかれている。
「そんな事は百も承知だ。だからこそ、お前に何かやりたいんだよ」
「何を仰られるか・・・唯でさえ小十郎の誕生日には、分に合わないような勿体無い物を頂戴しているってのに、なんでまた政宗様のご生誕日にそのような事」
「俺がやりたい」
「・・・そのお気持ちだけで十分です。今日は貴方様だけが贈り物を受け取っていればよいのです」
こうなるとお互い頑固で一歩も譲らない。
「とにかく!俺が決めた!何がいいか今日中に決めとけよ」
それだけ一方的に告げて、くいと酒を煽る。
「本当に、小十郎には欲しい物等ないんですよ」
「決まらないんだったら、俺をやろうか?」
「はっ??!」
小十郎が珍しいくらいに動揺したので、悪戯が成功した子供のように吹き出した。
「jokeだ まあ、本当に決まらなかったらそれでも悪くねえかもなあ?」
「政宗様、ご冗談も大概になされよ・・・」
だいぶ夜が更けていっても、宴は一向に終わる気配がない。
酔い潰れて最後の一人が寝付くまで終わらない勢いだ。
だが、肝心の政宗はあまり酒に強い方ではない。
一兵士達と酔いつぶれて雑魚寝をするわけにもいかないので、いつも頃合を見計らって引き上げている。
この辺りで小十郎だけ連れて宴会は引き上げるか、と考えていると、家臣の一人が物珍しい酒を片手に近寄ってきた。
「筆頭、珍しい酒を貰ったんですが如何ですかい?俺ら毒見しましたが、かなりききますぜ」
「hum・・・酒はもう仕舞いにしとく・・・と、そいつはかなり強い酒なのか?」
聞けば西海の方で船を出している連中が仕入れた物を、旅の行商人が持っていたらしい。
かなりの強さだという事を確認すると、にやりと笑ってその酒を入れ物ごと受け取ると、小十郎に顔を向ける。
「政宗様、もう十分飲まれましたでしょう。そろそろお部屋へ戻られては」
政宗が興味をしめしたのを見て、控えめに咎めるように言う言葉は、暗に、もう飲むな・寝ろ、という事だ。
「Ah〜わかってる。だから代わりにコレの感想をききてえんだ」
ぐい、と酒を傾け強引に小十郎の湯のみになみなみと注いだ。
「!政宗様・・・これは湯のみです」
「けど、もう水、入ってなかったろ?」
小十郎は、政宗の前で酒を飲む時、口をつけても最初だけで、水まで用意して酔っ払う事がないように徹底しているのだ。
それがいつも面白くない。
腹心だからといって、皆が酔いどれていても一人素のままなのだ。
この酒を一気に煽らせれば、酒の強いときく小十郎でも酔っ払うかもしれない。
「俺の酒が飲めねえってのか?小十郎」
「政宗様・・・」
眉間に深い皺を寄せて、こめかみには血管すら浮いてるその表情に、近くに居た者は皆凍りついて、やり取りを見守っている。
いくら小十郎が怖い顔をしても、免疫のついている政宗は余裕の表情だ。
「これの感想を言ったら、大人しく寝てくださいますな?」
「ああ。約束する」
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あれから結局、本当に一気に煽って感想ものべられ、小十郎に酔いの変化は見られなかった。
つまらねえ!と不貞腐れ、俺にもひと舐めさせろ、と絡んで少し口にしたせいか、最終的には政宗の方が足取り危うくなってしまった。
「政宗様、床の準備をさせてありますので、もうお休みになってください」
「んー?あー」
完全に頭がふわふわとしているまま辺りを見渡せば、肩を借りて自室に辿り着いたようだ。
「政宗様、そのような所でお座りになられずに。奥までお連れしますから」
身体に力も入らないし、動くのが面倒くさくもなって、どうしたもんかと考えながらもコロリ、と廊下に寝転がる。
「ま、政宗様!」
慌てた小十郎に身体を起こされ、不機嫌な顔をする。
「貴方様のご生誕の日ですぞ。そのようなめでたい日に廊下で酔い潰れるなど・・・」
その言葉で、少しだけ頭が覚醒する。
そうだ。
誕生日だ。
だから小十郎に・・・
「そうだった。で、小十郎。お前は何が欲しいんだ?」
「!覚えていらしたか・・・」
当然だとばかりに睨む顔に、観念したのか、わかりました。と呟く。
「小十郎の欲しいものを言えば良いのですね?」
「Yes」
「小十郎は、政宗様が天下を治めるその時を、この目で見る事が唯一つの夢」
「・・・ああ?形でやれる物にしろよっ」
「政宗様と同じじゃありませんか。でしたら天下をとる、との心意気を文にでもして戴くというのは如何です?」
「Ha!そんなふざけた文を書けっていうのか!」
同じような事を10年程毎年やらせている事は棚にあげて、呆れた声をだす。
「政宗様が言えとおっしゃったのではないですか・・・元より小十郎は何も戴かずとも宜しいのです」
「本当の願いを言えよ・・・」
「本当の願いですよ」
酔いが回っているせいで、いつもよりも傲慢な考えしかでてこない。
自分が何かやりたい、と言っているのだから、物を欲しがればいいんだ。
そう思った。
拳一つ分ほどあいた目の前に座っている小十郎のもとへよたよたと近づくと、幼子のように膝の上に跨ぐようにして座る。