「ま・・・政宗様っ」


首に腕を絡め甘えるような姿勢をとられて、思わず動揺してしまった。


「小十郎のすぺさるチケット・・・使う」

「はい?」


「なんでも言う事聞いてくれるんだろ?」

「・・・・・・ええ そのつもりですが」


喉がごくりと鳴ってしまう。


このような薄暗い閨で膝の上に跨られ、絡みつかれ。

疚しい気持ちにならない男などいるだろうか。


鼓動も早くなっていく。


政宗の前だからと気を張っていたが、やはり先程の酒の影響を少なからず受けていて、小十郎は自分自身への危険信号を感じる。


冷静な判断ができないかもしれない。


「本当に欲しい物を教えろ。高価な物だろうとなんだろうと構わねえ・・・お前にお返しがしたい」


「おか、えし・・・?」


どうやら小十郎が危惧したような内容ではなく、先程の話の続きだったようだ。


「嘘を言う事は許さねえ。これはチケットを使ってるんだからな」

「・・・これは・・・困りましたな」


ほっと、安堵の溜息をつくも、今度は別の問題に直面させられた。

チケットまでだしてこられては、本心を隠しておくわけにもいかない。


小十郎が欲してやまないものは、決して手に入らない。


未来の政宗でも、今の政宗でもないのだ。


正面からみつめてくる瞳から逃れるようにと、その背に手を回して引き寄せる。





**********





「・・・小十郎?」


幼い頃を思い出すような、懐かしい小十郎の腕に抱かれて、酔いのせいかとても心地がよい。


「政宗様・・・小十郎の欲しいものは・・・」


「こ、こじゅうろう?」


思わず声が裏返ってしまった。


お互いの身体が隙間なくついている状態で、小十郎の声が自分の胸に振動を伝える。

意識をしてしまえば、途端に鼓動が早くなった。


伝わってくる小十郎の心音も早鐘を打っているように感じて、政宗は今更ながら自分の仕掛けたこの体勢に慌てる。


「こじゅうろ・・・っ 放・・・」

「どうかこのままで」


まさか、自分の悪い冗談を真に受けてしまったのか?


『決まらないんだったら、俺をやろうか?』


カッと顔に熱が集まって、いよいよ力づくで抜け出そうとすると、それを上回る力がぎゅうっと政宗の身体を押さえ込んだ。


「ご不興を買うかもしれませぬが・・・」

「買う、買うぞ・・・だから放」

「小十郎の欲しい物は」

「・・・物、物にしろよ?!」

「・・・物ではございません」

「じゃあ却下だ!!No way!!」


ばたばたと暴れるのを宥めるかのように、そっと瞼に暖かいものが触れた。


「政宗様にお会いできなかった数年を取り戻す事。その数年を戴きたい」

「Ha?」

「・・・嘘偽りない気持ちです。このような戯言、早くお忘れください」


すると、今まで強く拘束されていた腕から解放される。


何故だか、今離れたくなくて、今度は政宗の方からしがみついた。

だが、小十郎の身体が急に重たくなる。


「お、重い コラ 小十郎!!!」

「・・・・・・・・・」


どうにか体勢を立て直し覗き込むと、目にうつったのは瞳を閉じて静かな寝息をたてている小十郎だった。


「え」


随分気持ち良さそうに、眠っている。


どうやら、酒は効いていたらしい。


「・・・・・・Shit・・・仕様がねえなあ・・・」


政宗は、ほんの一歩先に用意されていた布団まで、小十郎を引き摺っていく。

自分の分をあけるように寝かせると、その横に潜り込んだ。


「あんなこと、考えてたなんてな」


政宗の為だけに在ると豪語するだけのことはある、ということか。


「馬鹿な野郎だぜ」


わしわし、と額を撫でる。

そして、先程瞼に触れた優しい感触を思い出して、自分の右眼に手を当てた。


「・・・俺はとっくにお前に救われてんだ」


小十郎は、ずっと気に病んでいたのだろうか。


独りひっそりと、息を殺すように生きていたあの時を。

助けてやれなかったと悔やんでいるのだろうか。


「俺の闇は、お前まで侵食してんのか」


クッ

と言葉とは裏腹に、嬉しそうな顔をした。

初めて、闇を愛おしいと感じる。


「来年からは、誕生日は外に出掛けてえなあ」


一人は暇なんだぜ?

と呟くと、小十郎の唇に自分の唇をあわせた。



伝わりますように。


この世に生を受けてくれて有難う。

なあ、お前もさっき、同じ気持ちだったのか?




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