「おはようございます。政宗様」
「おう、小十郎 Good morning!」
普段ならば起きるまでに数度抵抗するのだが、今日は違う。
既に身支度を整え、待ち構えていたのだ。
「今年もしっかり起きてくださったのですね。お誕生日おめでとうございます、政宗様」
そう言うと、小十郎が目の前で深々と頭を下げた。
「Ah―Thanks でもよ、堅苦しいのはいらねえって毎回言ってるだろ?」
「いいえ。小十郎がきちんとお伝えしたいのです」
ようやく向かいあった顔は、いつもよりも優しい目をしている気がする。
政宗が朝からご機嫌なように、小十郎にとっても特別な日なのだ。
「それにしても、毎日このように起きてくださると宜しいのですが」
「今日くらい小言はいいだろ?アレ、早くだせよ」
「はい。ここに」
さ、と紙の束を手渡される。
「これこれ!これがないと誕生日って感じがしねえんだよな!」
毎年小十郎に用意させているのは、手作りの“チケット”だ。
「全く。このようなもの、今でも楽しみにしてくださっているのですか?」
「当然だろ?1年に1回のPresentだからな!」
このやり取りは、小十郎が政宗の傅役になって以来、毎年繰り返されている。
何かを贈りたいと申し出たのは小十郎からだった。
幼い政宗―――梵天丸からでた言葉は「小十郎と遊びたい」
『梵天丸様、何か形にできるような贈り物はございませぬか?』
『形・・・?』
『書物や稽古など、成すべき事が終わっている時でしたらいつだってお相手致します故、ご生誕のお祝いにはなにか他のものをお考えください』
『しょうがないだろう・・・それが欲しいんだ。約束して、遊びたい』
『約束・・・ですか?』
『おう。約束を形にして贈ってくれたらいい』
そんなやり取りから、二人の間では誕生日は書状を贈る日となってしまったのだ。
枚数や内容はまちまちだが、政宗に対して何かをしてくれる、という内容の書かれた紙である。
「Hum、どれどれ・・・鷹狩同行券、城下同行券・・・2枚ずつか〜しけてんなあ・・・」
「まあ、形式的なものですから」
当然、その回数より多く行く事になるのは目に見えているのだ。
チケットは毎年早々になくなる。
「あとは・・・畑より優先券・・・ああ。これ。いれとけって言ったやつな」
「はい・・・常に政宗様が最優先故、必要ないかと存じますが・・・」
「No!俺をおいてよく行っちまうじゃねえか!この券は30枚あったって足りねえくらいだってのに、たった3枚かよ!」
「政宗様にはしていただかなければならない事が山ほどありますので、常に小十郎がお側にいては却って政務に差し障ります」
「Shit!この券使う時は、政務放棄で羽を伸ばす日にするからな」
それではその券の名前と異なりましょう、という言葉はあまり聞かない事にして、次の券に目を通す。
「膝枕券!これも俺のrequest通りだな!・・・1枚って・・・これなら50枚あったっていいじゃねえか」
減るもんじゃねえし!と睨みつけると、呆れたような顔をされた。
「政宗様・・・何度も申しておりますが、男の膝で寝たところで心地よくないでしょう。それにこの券がなくても結局する事になるのですから・・・」
「わかってねえ!これは“チケット”である事に意義があるんだよ。その後に何回膝枕しようとそれとこれとは別の話ってもんだ」
小十郎は、理解しがたいといった表情をしているが、もう構うものか。
チケットは、堂々と小十郎に甘えられる機会ができる、という代物なのだ。
我儘や命令ではなく、お願いができる素晴らしいもの。
更に小言がほとんどなしで使う事ができるというのは大きな違いだ。
「膝枕券は、来年もっと増やせよ。・・・次は・・・」
まだ数種あるようだが、目にうつったのは風変わりな言葉。
「・・・?すぺさる?」
謎の言葉の書かれたチケットは、たった1枚きりだ。
「はい。これは考えた末につくった自信作です」
「・・・Special ってことか!」
「ええ」
ようやく意味がわかった政宗は、弾んだ声をだした。
「で、これはどういうモンなんだ?」
「小十郎に叶えられる事であれば、なんでも叶えて差し上げるという券です」
思わず目を丸くして、口笛を吹いた。
「間違いなくSpecialだ・・・Coolだぜ、小十郎!!」
子供のようにはしゃぐと、小十郎が目を細めて笑う。
「ただし、あまり無茶はおっしゃらないでいただきたい」
「オーケィ!!じっくり考えて使うぜ」
苦笑いの小十郎に、にやりと意地悪そうに笑ってみせる。
「では、小十郎はそろそろ」
貰ったばかりのチケットの束を、何度もぱらぱら捲りながら確かめていると、挨拶もそこそこに、小十郎は既に腰を浮かせていた。
「もう行くのか?今日くらい一緒にのんびりすればいいじゃねえか」
「いえ、小十郎も皆を手伝いに行って参ります。準備がありますので」
伊達軍の面々は、夕方から行われる政宗の生誕の宴の準備をしているはずだ。
ここ毎年、大広間を盛大に飾りつけ、たくさんのご馳走も用意して、筆頭である政宗を祝ってくれるのだ。
だが肝心の誕生日を、夕方まで手持ち無沙汰にぐうたらと過ごすのは、些かつまらないもの。
それなのに皆、自分を喜ばせる為にと、総出で準備に行ってしまうのでいつも一人なのだ。
不満を言いたくても言えない状況である。
―――悪い気はしねえけど・・・小十郎も毎年準備なんだよなあ・・・
「OK、わかった。・・・行ってこい」
「承知致しました。ではまた後ほどお迎えにあがります」
途端に小十郎が安堵の表情を浮かべ、嬉々として退室していった。
「まーったく、張本人をほったらかしにして嬉しそうに準備に行くたあ、なんか変だろ」
自分の事とはいえ、どこか複雑な気分だ。