「ここに入っていてください」


半ば引き摺るようにして腰を抱えられて連れてこられたのは、薄暗い物置。

放り投げられるように中に入れられ、すぐさま戸が閉められた。


ここは、子供の頃の政宗が、お仕置きの時にしばしば閉じ込められた懐かしい場所だ。


「い・・・ってぇ・・・」


足元がまだおぼつかない為に、思い切り尻餅をついてしまった。


「おい!小十郎、出しやがれ!!」

「少し頭を冷やされよ!」

「Shit!」


一度決めたら頑として譲らないのは、二人のよく似たところだ。

小十郎に今何を言っても無駄だと諦めて、戸に凭れかかった。


少しだけ暗闇に慣れてきた瞳は、ようやく辺りの状態を見る事ができる。


「こいつは・・・」


政宗が好奇心から色々な物を買ってこさせて、だがすぐに飽いてしまった品物の山だった。


南蛮の珍しい装飾品に凝ってたくさん集めたものの、日本の家屋の中でそれらは浮いてしまうだけで、外観を損なうことにしかならなかったし。

京でみた神輿の華やかさに魅了され、素材を取り寄せて職人に少し小ぶりなものを作らせてみたものの、やはり似たような理由で長くは飾らなかった。


それらは捨てるのは忍びないと、此処に運び込まれてきたのだろう。

これだけの量を目の当たりにしては、さすがに自分の行いが恥ずかしく思えた。


朝一番に届いた品に、小十郎が激怒したのは、塵も積もって山となった結果だったのだな、と納得する。



ここから出してもらえたら、ちゃんと詫びようと決めた。


「こじゅーろー・・・」


てっきり、戸の外で、政宗と同じように罰でも受けているかのように座していると思っていたが、返事がない。


「ほんとに閉じ込めたまま放置かよ・・・」


少し扉を揺するも、外側で何かがつっかえているのか動かない。

扉を壊そうものならまた怒られるだろうし、もう少しこの空間に留まるしかなさそうだ。


けれど、先程までのやるせない悲しみや悔しさといった感情はなくなっていた。

ああまでも荒れていたのは、口を聞いてもらえなかった事が酷く辛かったからだ。


今は仕置きをされているとはいえ、無視されているわけではない。

ほんの少しの会話もあった。


「・・・何を女々しいこと考えてやがる・・・」


酔っていて些か感情が高ぶっているにしろ、恥ずかしい考えだ。

あの男が自分を見限って姿を消す事など、到底考えられない事だというのに。


けれど、人の心は移り変わる。

それは身をもって知っている摂理なのだ。


かつて心から愛されて、その愛が消える事など命が尽きてもないと信じていたのに、それは自分の姿が醜くなった途端に、歪な形に変化してしまったのだから。


もう人から与えられる愛など信じないと心に決めていたのに、いつの間にか小十郎がくれる愛情にどっぷり浸かってしまっている自分がいたのだ。


これに裏切られたら、今度こそ自分は壊れる。


そう思って、思わず自らを嘲笑した。


「無様だなあ、奥州の筆頭ともあろう男が」



それにしても、一体いつまでこの暗闇にいればよいのか。

まさか夜があけるまでこのままだとしたら堪らない。


夕刻から呑み始めたから、まださほど夜も更けていないだろう。

朝まではまだまだ時間があるのだ。


いくら子供じゃなくなって、暗闇が怖くないとはいえ・・・


そこまで考えて、ふと、心に翳りを感じた。


「こ、怖くねえぞ・・・?」


確かに怖くないはず、ないはずなのだが、一度訝しく思ってしまうと、もしかしてほんの少しなら怖いかも?なんて思いがうまれる。


小さい頃は本当に怖くて、この暗闇の中僅かに見える物陰が、形を変えて妖かしや幽霊になるのではないかと思って泣いたものだ。


「God damn! 小十郎のやろう」


恐ろしかった記憶が不愉快で苛立っていると、小さな物音がした。


「まだ反省してくださらないのですな」

「!・・・こじゅ・・・」


先程完全に気配がなくなっていたので油断していたが、どうやら戻ってきたらしい。


「梵天丸様は、その中がお嫌いでしたな」

「・・・・・・」


戸の外の声に耳を澄ませていると、くっと笑った声が聞こえてきた。


「・・・?小十郎?」


「すみません。あの頃の事を思い出しちまって。お仕置きの後は、必ず小十郎の布団に忍び込んでいらしたんですよ。覚えておいでですか?」

「・・・くだらねぇこと思い出し笑いしてんな」


暗闇の幽霊の影に怯えて、夜一人になるのが怖くなってしまったのだ。


こんな昔話をするという事は、小十郎も幾分怒りが和らいだのだろうか?


「おい、小十郎、ここから出・・・」

「政宗様、覚えておいでか?」

「Ah?」

「恐怖で寝れない時に、ねだってこられた事」

「!」


失念していた。

これはまだお仕置きが続いているのだ。

恥ずかしい話を持ち出されて、頬が熱くなる。


だが、目を背けたい事ほど意に反して頭の中では暴走を始めるもので。

あの時の事を思い出す。




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