「ちょ、ちょっと、梵?」
「んあ?」
頭上から成実の慌てた声がする。
「こんなとこで何やってんのさ?! あ〜あぁこんなに酔っ払って・・・」
そう、政宗は泥酔状態だった。
ここは中庭に面した縁側。
肌寒くなってきた秋口の夜だというのに羽織も羽織らず、あろう事か縁側に頭を乗せるようにして、肝心の身体は地面に座り込んでいる。
「わー!汚れるじゃんかよ、その着物気に入ってたんじゃねえの?」
「hum・・・着物なんてどーでもいい・・・」
「?どーしたの?なんかあった?・・・つか涙でてるけどっ!!」
「泣いてねえ」
そうは言うが、隻眼の左眼から頬にかけてはあきらかに伝ったばかりの跡があり。
本人は自覚していないようだが涙がでたのは確かだろう。
「もーどうしちまったんだよ、こんなとこ他の奴にみつかったら面倒な事になるぜ?」
綱元とかさー、と言いかけて動きを止めた。
「あれ?小十郎は?」
肝心の一番うるさそうな奴が側にいないではないか。
その言葉にぴくり、と肩が動いたかと思うと、途端に鬼のような形相で睨みつけられる。
「知らねえ!あんな堅物!!」
「は・・・?なに喧嘩したの?」
「あいつの頭は鉄の塊で出来てんだっ!」
小十郎の名を聞いた途端の剣幕。
何か揉めた事は確かだろう。
「珍しいじゃん、喧嘩なんてさー」
「・・・うるせえ」
すると、政宗の眉がぐにゃりと歪む。
「え。まさか、ちょっと・・・泣くの?やめてよー俺が泣かしたみたいじゃんか」
「泣いてねえっ」
酒に強くもないのに相当飲んだようで、癇癪を起こした子供のように感情の起伏が激しくなっている。
「もー謝っちゃいなよー梵命の小十郎なんだから、すぐ「まざむねざばああぁ」とか言って許してくれるよー」
「・・・・・・そうか?」
「そーだよ、絶対。って、やっぱり梵がなんかしでかしたんだ?」
政宗が何かしたのでなければ、あの忠義に篤い男が喧嘩などするはずがないのだ。
「・・・ちょっと散財しただけなのによ、あいつキレまくった挙句に今朝から一言も口をきかねえし目も合わそうとしねえ・・・」
ちょっと。
詳細を聞くのはやめよう。
政宗は金銭感覚がおかしいし、いつも変な物を買いこんでは小十郎に小言を言われていた。
恐らく長年に渡って積もりに積もった怒りが爆発したのだろう。
「あー、うん、まあ確かに、程ほどにしなよね・・・」
「Ah?お前もあいつの味方なのかよ」
「どっちも味方でしょー?伊達軍最強!!!」
飲んだくれに絡まれてはたまらないと、話を逸らしつつ、政宗に肩を貸す。
「ほらーもう部屋戻ろう、こんなだらしないとこ小十郎に見られたら、今度こそひと月くらい口聞いてくれねえかもよ?」
すると、みるみる顔が蒼ざめた。
「Noっ!!!」
今更その可能性に思い当たったのか、ようやく意志を持って立ち上がる。
「・・・俺が どうかしましたか」
ひっ!!と二人同時に肩を強張らせた。
「成実殿。殿の面倒は俺が見ますから、もうお休みになってくれませんか」
ギロリと視線を向ける小十郎は、体力バカの成実にとっても恐ろしい鬼にしか見えず、じりじりと後ずさりをする。
「あ、あー小十郎、ちょうどいいとこに来たな、そ、その梵も反省してるみたいだったぜ・・・」
そう言うと政宗の身体をぺい、と小十郎に投げて寄越した。
酔って力の入らない政宗は、そのまま小十郎の胸に倒れこむ形になってしまう。
「・・・っ」
恐怖からヒ、と空気を吸い込む音がした。
がんばれよ!!!!!と言い残して成実は全速力でその場を後にした。
―――あいつほんとこええ。肩抱いてたくらいでガンつけんなっての・・・
政宗は、着物も乱れて前は肌蹴ているし、涙で瞳が潤んで頬は紅潮して、相当目の毒な状況なのだ。
その傍らに寄り添って肩を貸している成実に対し、小十郎が男としてぶちキレていることを当の政宗は気がついていないのだった。