小十郎は悩んでいた。
ぴょこ、ぴょこ、と可愛らしい尻尾がリビングのソファからはみ出している。
チラリと見やると、政宗は腹這いになって熱心に料理雑誌を眺めていた。
足を無防備にぶらぶらとさせて、肩肘をついて頁をめくる姿はひどく愛らしい。
だが問題は、このくつろいでいる状況で獣の耳と尾がでっぱなし、という事だった。
先日、初めて政宗をこの腕に抱いた。
迷いなんてなかったし、お互い求め合ってようやくひとつになれたのである。
けれどその日を境に、政宗が人間の姿に戻らないのだ。
「また料理の勉強してるのか?」
「ん?まぁな。なんだ?もう腹減ったのか?」
上目遣いでニカリと笑う政宗に眩暈がしそうになる。
尾や耳がでている事で、感情表現が手に取るようにわかるし、話しかけると嬉しそうにするのだ。
可愛くて抱きしめたくなる衝動を抑えて、自然を装って笑う。
「いや、まだ大丈夫だ」
「・・・なに変な顔してんだ?」
「・・・・・・」
作り笑いをしたら怪訝な顔をされた。
「体調でも悪いのか?」
そう言うとソファのへりの部分に腰掛けていた小十郎に、ぴょこりと飛びついてくる。
ぐい、と顔が近づいて、キスをされるのかと思ったが、実際は額をくっつけられた。
「熱はないみたいだな?」
「ああ、具合は悪くない」
「そうなのか?」
間近なままでじっと覗き込んで、足に尾を絡めてくる。
「・・・っ!」
ぞくり、背筋が戦慄いた。
「っ駅前の本屋に行かなきゃならねぇんだ」
今思い出したというように、小十郎は、そっと尾を避けて立ち上がる。
政宗は、急に振り払われた事で口を尖らせていたが、それにも気がつかないフリをした。
「何か食いたいもんとかあるか?」
「・・・酒」
「お前は未成年だろうが」
即座に却下すると、じゃあ何もいらねえ!とまた腹這いになった。
機嫌を損ねたかと様子を伺うが、尾はまた元通りのようにふよふよと動いて、表情も普通だった。
可愛い姿についじっと見詰めてしまう。
だが、角度が目に毒だった。
尾が窮屈だと下着でウロウロするものだから、ハーフパンツの裾を更に切って、短めのショートパンツを作ってやったのだが、尾が動く度に裾が悪戯に動いてチラチラと愛らしい尻が見え隠れしている。
そもそもなんで下着を履いてねえんだ・・・!と心の中で叫んだ。
「小十郎?行かねえのか?」
目が離せなくなってしまっていたら不意に声をかけられて、心底焦ったが平静を装う。
「いや、行ってくる」
慌てて背を向けて玄関へ歩き出した。
**********
政宗は悩んでいた。
今自分はひどく幸せなのだ。
それは疑う必要もない事実。
けれど、小十郎があれから身体に触れてこようとしない。
いざ身体を繋げてみたら、やっぱり気持ちが悪くなったのか?とも思ったが、態度をみていれば可愛がられている事はわかる。
ずく、と下腹が熱を持ってきた。
さっき小十郎にくっついたせいだろう、ゆるく昂ってくる己を持て余す。
「今日も手ぇだしてこないつもりかよ・・・」
今日で四日目。
毎晩並んで眠っているというのに、小十郎は背中を向けて眠ってしまうのだ。
勿論毎日のように求められたら、受け入れる側の政宗の身体がもたないから最初はあまり気にしていなかったが。
ここまでくると避けられているのか、としか思えない。
それにまだ若い政宗は、毎日だって精を吐き出せるくらいなのに。
さすがにもう限界だ。
仕方ない・・・とそろりと手をのばす。
男である以上生理現象だし、みっともなく夢精なんてするのは御免だった。
「ふ・・・」
ショートパンツを膝まで降ろして、自らに触れる。
既に芯を持って立ち上がったそこは、痛みすら感じるくらいだ。
「ん・・・っ」
上下に動かすと、すぐに先走りでぐちぐちと濡れた音がする。
「は、ぁ・・・」
小十郎が居ない間に、この部屋で自慰をするのは後ろめたかった。
けれど、小十郎に触れられた時の事を思い出しながら弄っていたら、すぐに快楽を求めることに夢中になっていた。
小十郎のごつごつした暖かい手が触れたところを、記憶を頼りになぞっていく。
焦らすように動かされて、先端をいじられ・・・
「は・・・ん、・・・」
ぷくりと先に蜜が溢れて、そこも親指でぐりぐりと刺激すれば、腰がゆらめいた。
「く・・・、んっ・・・は・・・」
気持ちいい。
漠然とそう感じるのだが何か物足りない。
「・・・こじゅう、ろ…」
身も心も繋がっているのだ、と身体にわからせてほしい。
蕾がひくりと反応するが、そこに触れてくる熱はないのだ。
「はあ、は・・・」
びくり、と半ば無理矢理精を吐き出して、乱れた息を整える。
途端に押し寄せてきたのは虚しさ。
小十郎が求めてきてくれたら、こんな事をしなくても済んだのにと思わずにはいられない。
「・・・Shit!」
残滓を処理しながら、不愉快さに顔を歪めた。
結局自分は、心を全て曝け出すのが怖いと思っている。
小十郎ならと思うのに、なにかが歯止めをかけて、言いたい事を口にできなくするのだ。
素直に甘えられたならと溜息をついた。