自らで欲の処理したせいか、その晩は小十郎よりも早く眠りにつけた。


そして、またあの夢をみたのだ。


幼い政宗は誰かを探しているようで、キョロキョロとせわしなく顔を動かしている。

その表情は前に見た時よりずっと明るくて、愛らしい子供だった。

けれど。


『化け物め・・・!』


途端に小さな政宗の世界が陰鬱な雲に覆われるように、辺りが色をなくしていった。


傍観者である政宗の方も、胸がズキリと痛む。


この気持ちを知っている。

この言葉を知っている。


小さい政宗は、漏れでてしまいそうになる嗚咽をぐっとこらえて、その影から逃れるように走り出した。


真っ赤な着物が目に焼きついて離れない。

呪いの言葉を吐いたその女の着物が、目の奥にこびりつく。


ガツッ

派手な音をたてて、小さな政宗は石垣につまずいた。


脛からじわりと血が滲んで、その赤をみていたらさっきの真っ赤な着物で視界が埋め尽くされるような錯覚を感じる。


そして、片方の瞳に透明の雫がたまってきた。


―――っ!泣くな、ちきしょう・・・


政宗は、非力な子供の自分に、酷く焦りを感じる。


そんな事で気に病むな。

気にするな馬鹿。


そして周囲を見回す。


―――小十郎・・・っいねぇのか?!


自分が夢の中に干渉出来ないのなら、こいつをどうにかしてやってほしい、そう思ったのだ。


角から現れたのは、探していた 夢の中の小十郎 だった。

慌てて駆けつけたのであろう、髪が少し乱れている。


『う・・・』


涙を零すまいとしていたが、小十郎の姿をみたら安心したのか、途端に大粒の涙がひと粒、ふた粒と地面に落ちていった。


前に見た時は、小十郎に抱きしめられるがままになっていたのに、今回は自らが飛び込むようにしてしがみついている。


小十郎に心を開いて、自分の弱い部分を曝け出しているようだ。


そして、小十郎はその想いを全て受け止めるかのように身体を抱きしめて髪を梳いていた。


その二人からは、疑いようもない信頼関係がみえる。


―――なんだ、お前は俺より小十郎と仲良くやってんだな。


少しだけ寂しいような羨ましいような気持ちになった。


小十郎が怪我の手当てをしているうちに、だんだん小さな政宗に笑顔が戻っていく。

あんなに落ち込んで、傷ついていたというのに、ゲンキンなやつだな。


二人の間に流れる優しい空気を、ただ感じていた。





「政宗」

「・・・っ」


小十郎の低い声に反応して意識が浮上した。


「っ・・・こじゅ・・・?」


目を開けると、背を向けて横になっていたはずの小十郎の腕の中にいた。


ぐい、と目の端を拭われて、また眠りながら涙を零したのだと気が付く。


「・・・あ」

「・・・・・・」


目の前にいる現実の小十郎も、政宗に対してとても優しい。

それに、夢の中の二人の強い信頼関係を羨ましくは思っても、自分は目の前にいる小十郎の事が好きなのだ。

変わって欲しいなどとは欠片も思わない。



「すまない・・・」


不意に小十郎がそう呟いて、政宗の頭を引き寄せてきた。


本来安心するはずの腕の中で、得体のしれない不安がふつりと膨れていく。

撫でてくれる手は確かに暖かいのだが、そこには愛情ではないどこか贖罪の念のようなものを感じて仕方がないのだ。


―――なんでだ・・・っ?


そう問いかけたいのに、声が出なかった。





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憂鬱な朝を迎えて辺りを見回すと、小十郎の姿がない。

寝起きのふらふらとした足取りでリビングに行くと、白いメモが置き去りになっていた。


『学校に行って来る。』


達筆に書かれたメモは、ただ端の方に一言そう記されている。


「・・・・・・」


少しずつ心がすれ違っているのだと感じた。


くしゃりと、毛を纏った方の耳に触れる。


―――これの、せいか?


駄目だ、きちんと話をしなくては。


ひとつ屋根の下で暮らし始めて、誰より近しい存在だと勝手に舞い上がっていたが、伝わらない気持ち。見えない気持ち。

ひどくもどかしい。


小十郎ならば、言わずともわかるのではないかと思ってしまっていたのだ。

それに、小十郎が何を考えているのかも自分ならばわかるような気になっていた。


「・・・っ何時に帰ってくるのかも書いておきやがれ!」


すぐに話がしたい、そう思っても本人が側にいないのならどうにも出来ない。




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