小十郎のベッドで初めて眠ったその日、夢を見た。
小さい子供の頃の記憶だろうか?
幼い政宗はじっと池の底をみつめている。
赤や金色の艶やかで立派な鯉の中に、黒い魚が一匹だけ混ざっている。
身体も一回り小さくて群れから離れて蠢くそれは、まるで自分のようではないか。
水面にうつった自分の隻眼は、陰鬱な影を落としていた。
その時誰かがこちらにやってくる気配がして後ろを振り向くと、優しい、困ったような笑みを浮かべた男が立っていた。
「こじゅうろう」
どうしてここに居るのだろう。
政宗の知っている小十郎より、やはり若いようだ。
眉は吊っているが瞳が少しあどけなくて、頬傷もない。
どうして、ここに?
そう口を開こうと思ったが、どうやら言葉を発する事ができない。
傍観者のようだ。
やはりこれは夢か。
すると小さい政宗は、少しだけ瞳の中に光を宿しておずおずと小十郎に近づいていった。
きゅう、と抱きしめてくれて。
少し瞳の奥が熱くなる。
闇色の心にほんの僅かな光がともったのを感じて、そこで意識が浮上した。
「政宗?」
「・・・こじゅ、ろ」
気がつくと、心配そうな顔で覗き込んでいる小十郎と目があった。
ああ、やっぱり夢を見ていたのか。
そう思いながらぼんやりしていると、小十郎の指が頬に触れて、濡れた感触に気がつく。
「怖い夢でも見たのか?」
「・・・!い、いや、そんなんじゃねえよ」
あれは悲しい夢だったのか?
どちらかといえば、もどかしいような切なく懐かしい気持ちだった気がする。
なでなで、と頭を撫でられた。
急に恥ずかしくなってきて、むくりと起き上がって髪の毛のハネを直すフリをして顔を隠した。
昨日はあれから結局寝かされてしまったが、小十郎も隣で寝たのだろうか?
「体調はどうだ?もし平気なら今日は出掛けないか?」
「え?」
「お前がここで暮らすのに何か必要なものがあったら買いに行こうと思っているんだが」
「別に欲しいモンなんて・・・」
すると政宗の言葉を聞いていないような素振りで、支度するか、と立ち上がっている。
欲しい物は特になかったが、出掛けるのは楽しそうだと思い支度をする事にした。
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「どうした?降りないのか?」
「い、今降りる!」
やってきたのは、車で30分程のところにある郊外の大型アウトレットモール。
夏休みの為敷地内は賑やかで、家族連れも多い。
ようやくのろのろと助手席から降りると、車酔いしたか?と小十郎が横に寄り添ってくる。
大丈夫だ、とそれとなく胸を押し返して距離を保つ。
政宗は慣れない事に戸惑っていた。
小十郎の運転姿は大人の男といった感じで格好良くて、その隣で助手席に乗って出掛けるなど、照れくさいことこの上ない。
―――こいつ絶対モテるんだろうな
国産車でありつつもさり気なく高級車なところが嫌味を感じさせないし、運転も手際がよくて丁寧。
そしてこの顔―――。
ちらり、と見やれば、凛々しい顔つきで見詰め返してくるし。
「変な顔してどうした?」
「て、てめ」
変な顔で悪かったな!!と叫びながら、ぷいと先に立って駐車場出口の方向にズンズン進んでいく。
すると半歩後についてきた小十郎が
「表情の話だ。お前は凄く綺麗だぞ?」
と、対政宗に対して破壊力が大きな台詞をうちこんでくる。
両手で頭を押さえるようにして、キッと睨み叫んだ。
「ば、場所考えろ!!!」
小十郎は意味がわからないという顔をしたが、耳がでないようにと頭を抑えている事に気付いてくすりと笑った。
「あんまり可愛いと、俺だって対応に困るぞ」
と、少しだけ歩く距離をあけつつ頭を撫でてくる。
全然困ってねえじゃねぇかとむくれながら、帽子をかぶってくれば良かったと後悔した。