今日は少し大目の買い物をして、おかずの作り置きやら明日の下ごしらえやらも準備した。

タッパーを買い込んできて冷蔵庫にきちんと整理をしたさまは、主婦顔負けの手際の良さだ。


そしてまた飽きもせずにその様子を小十郎は見詰めて、和やかな食事も済んで。

その頃には過剰に意識してしまう状態も幾分和らいでいた。


「風呂、沸かしておいたぞ」

「おう。Thanks」

「一緒に入るか?」


「・・・HA??!!」


突然の言葉に、自分でも驚くような大きな声をだした。


「・・・冗談だ」


くすり、と笑われて、洗った食器を拭いていた布巾を奪われた。


「後は俺がやっておくから、風呂行って来い」


からかわれた事にようやく気がついて、キッと睨むとキッチンを飛び出した。


「ちきしょ・・・」


洗面所の扉を後ろ手に閉めると、間もなくさっきまでは消えていた耳が再び現れる。

こうも自分の感情に正直では、駆け引きどころではない。


ぐるぐる考えながら風呂場の扉をあけると、中は広々としてバスタブも広めだった。

確かにここなら二人で入れない事もない。


そう考えて頭をぶんぶんとふった。

変な事想像させんな!そう頭の中で怒鳴る。


風呂に浸かってからも、結局頭を占めるのは今夜の事で。

バスタブの縁に頭をのせてぼんやり天井を見上げた。


「政宗」

「!!!!!」


不意に小十郎の低い声が響いて、思わずバシャリ、と勢いよく立ち上がる。


「タオルと着替え、ここに置いておくからな」


風呂場の扉越しに背の高い影がみえる。

小十郎の声は、この風呂場の湿気に吸い込まれていってしまったのかうまく聞き取れない。


ガゴッッ


大きな音をたてたのは、立ちくらみを起こして肩口と頭をぶつけたからだ。



「政宗・・・?!!」


ぼんやりと遠くに聞こえるのは小十郎が酷く焦っている声。


そんなに焦るなよ、と思って。

その焦った顔近くで見せろ、って言いたくて。


けれど目の前が段々暗くなって最後には真っ黒になったのだ。





**********


ヒヤリと額に冷たい感触がして、うっすらと目をあけると、寝室に横たわらされていた。


「・・・・・・」


「政宗?大丈夫か?」


すぐに小十郎の声がして、ようやく現状を把握してくる。


額には冷たいタオル。

咄嗟に着せてくれたのだろうか、小十郎の大きなTシャツ。


「俺・・・倒れた、のか?」

「ああ、のぼせたんだろう」

「・・・Shit・・・情けねぇ・・・」


「猫は風呂が苦手だったな。次からシャワーにするか」

「おう・・・」


政宗は別に猫というわけではないのだが、耳や尻尾の形状から猫だと小十郎は思っているようだ。

あえて実在する動物に例えるのなら間違いなく猫だろうと自分でも思うから、敢えて否定はしなかった。


それに指摘された通り、風呂に長い間浸かるのは得意ではなかった。


今日はたくさん料理もしたし、初日だからと無意識に気を張っていたのかもしれない。

一番の原因は、今夜の想像をしてパニックに陥り、のぼせている事にも気付かず湯船に浸かっていた事なのだが。


「今日はもう休め」


そよそよと優しく頬を撫でていたうちわの風がやんで、小十郎の顔が近づいてきた。

すると、傷が走った右目の瞼にキスがおとされた。


そこで初めて、自分が眼帯をはずしたままである事に気がつく。


「あ、・・・っ」

「家の中でくらい外していたらどうだ?」


政宗の右目の傷は幼い頃にできたもので、眼球も共に傷つき失明してしまった為に、いつも眼帯をしているのだ。


その傷は浅いものではないし、瞼を上下に走るソレは酷く痛々しい。

少なくとも政宗は右目を醜いと感じていたので、他人が見て気持ちの良いものではないだろうと思っていた。

だからこそ小十郎が、眼帯について何も聞いてこない事が少し気になっていたのだ。


折を見て失明している事を話そうと思っていたのに、それどころかその素顔を眼前に晒してしまっている。


「この傷、嫌じゃないのか?」

「嫌?・・・じゃあ、お前は俺の傷、嫌か?」


小十郎が言ったのは、己の頬に大きく走る傷の事だろう。


「そんな事気にしてねぇよ。むしろ俺は・・・」


そこで言葉をやめた。


何を言おうとしているのか。

まさか、その頬傷すらも渋くてカッコ良く見える、なんて甘い言葉が頭に浮かんでしまうとは。


そんな恥ずかしい台詞、うっかり口を滑らせて言おうものなら、もう一度眩暈をおこしてしまいそうだ。


けれど、口にしていなくても雰囲気は嫌でも伝わるもので、満足そうに小十郎が笑っている。


「俺は、政宗の傷も、愛おしく思える」

「・・・っ!!」


一瞬絶句してしまった。


「お、お前、よくそんな恥ずかしい台詞言えるな・・・っ!」

「政宗が言わない分、俺が倍言えば丁度いいくらいだろ」


完全に、政宗も甘い睦言を考えていた事などお見通し、と言いたげだ。


「・・・っこの、自意識過剰・・・っっ!!」


夜のマンションに、先程倒れたばかりとは思えない元気な叫び声が響いた。




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