ひろいこ・5






「本当に、大丈夫なのか?政宗・・・」


小十郎は眉間に深い皺を寄せて問いかける。


「No problem!!しつけぇぞ・・・」

「しかしな・・・」


ここは帰省ラッシュに溢れる新幹線のホーム。

出発間近にしてあーだこーだともめているのは、これから小十郎が一人で田舎にいくからだ。





小十郎は、幼い頃に両親兄弟を事故で亡くし天涯孤独となったが、近所で昔から付き合いのあった片倉家に養子として引き取られた。

そして義父母にその恩を返すべく、大学卒業後上京し都内の私立高校教師となったのである。

今では毎月しっかりと実家に仕送りを送っているデキタ息子なのだ。


だがここ数年忙しさにかまけて、年に一度帰るか帰らないかという状態で“たまには顔を出して元気な姿を確認させろ”と言われている。


政宗と知り合う少し前に、日取りも決め新幹線の指定席もとった、前々からのスケジュールだった。


突然の火傷のような恋に落ちた小十郎は、この予定をすっかり失念していたのである。


先日政宗の父親にも会い、恋愛云々はさすがに話せなかったものの、今までのいきさつを説明し、同居を許してもらうよう話もつけた。


そもそも成実が全面的に協力してくれたおかげで、政宗の父も半ばその気になってくれていたのが功を奏したのだ。

母親の事を気に病みながら生活をしている政宗に心を痛めていたのか、最終的には、宜しく頼むとお願いをされたくらいである。


そして政宗の耳はというと、引越しで数日バタバタとしている間に、以前よりは少し落ち着いて、このままなら学校にも行けるのではないかと話をしていた。


だがそこにきて、出鼻を挫くように夏休みに突入、同時に小十郎の帰省となってしまったのだ。



―――まだ二人でゆっくり過ごしたりもしてねぇのにな


小十郎は自分から強引に同居を誘った手前、余計に申し訳なく思っていた。

急の休みがとれなかった為に、土日のみで進めていた引越し作業がようやく終わり、これからがスタートだという所だったのに。


「どっちにしろ、入り浸りは悪ぃと思ってたんだ。ちょくちょく帰ったりはしようと思ってるしよ。だからお前がいない間は自分ちで過ごすから問題ねえだろ?」

「しかし・・・」


その実家に居させたくなくて引き取ったというのに、これでは本末転倒だ。


「政宗、どっちがいい?お前さえ良ければ、俺の家で留守番してくれてもいいんだぞ」


パンツのポケットからキーケースを取り出した。

すると慌てて政宗が両手を振る。


「いいって。まだ合鍵・・・、あ・・・いや、その・・・作ってねえじゃねーか。ソレ持ってったら小十郎が困るだろ」


合鍵を作る、という話をしていたものの仕事がおして、結局まだつくってなかったのだ。

政宗は催促をしてしまったように思ったのか、口篭る。


「俺が帰るのは三日後の夜になるから、その時にお前が家に居てくれれば鍵がなくても問題ねえが」


なんか予定でもあるのか?と覗き込むと、少し難しい顔をされた。


「Ah―まあとにかく、大丈夫だ。小十郎が帰ってきたら俺も引っ越すよ」


ジリリリリリリリ


新幹線の発車を知らせるベルが鳴り、随分話し込んでしまっていた事に気付かされる。


「ほら!乗り遅れるぞ!」


政宗に背中を押されて車内に押し込められる。


「政宗・・・本当に申し訳ない。」


さっさと行けって、と最後はニカリと笑われた。


少し焦りすぎていたのかもしれない。

一緒に暮らし始めるのが三日くらい延期になったからといって、これから過ごす時間を思えばごく僅かな時間だ。


恋におちて、余裕がなくなっていたのだろうか。

いい年して、十も年下の政宗に宥められてしまうとは些か情けなかった。


「じゃあ、行ってくる」

「おう」


アナウンスとともに、車内のドアが閉められた。


ガラスで隔てられた政宗は、帽子を目深に被って、万一耳がでても大丈夫なように備えている。

頭に対して大きく見える帽子は、少しアンバランスで可愛かった。


名残惜しい気持ちで、その姿を焼き付けようとガラス越しに見詰める。

変わらず笑顔で見送ってくれる事に嬉しくなって頬が緩んだ。


そして新幹線が動きだし、政宗の姿が扉のガラス窓から消える一瞬の時。



笑顔が曇ったように見えたのだ。





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小十郎はついてこなくていいと言ったが、結局見送りに駅ホームまで一緒に行った。

ドラマでしか見た事のないような、ホームお見送り、というのは正直気恥ずかしかった。


多分普段ならやらないだろう。


でも、今回は。

とうとう一緒に暮らせると思った前日に、小十郎が里帰りを忘れていた、と言い出したのだ。

その時の、らしからぬ慌てようは少し微笑ましくもあった。


だが少し、ほっとしてもいた。


自分は、本当に小十郎と一緒に暮らしていいのかとぐるぐる考えていたし。

すぐに母親から離れて、自分ばかりが幸せな思いをするなんて、なにか罰が当たるんじゃないかとも思った。


けれど同時に、一度「明日だ」と思ってしまった気持ちは、うまく治まらなくて。


自分で思っているよりもずっと、この時を楽しみにしていたのだ。


けれど、思いが通じて早々に呆れられたくはない。

10も年上の小十郎に、「やはり子供」だと思われるのは嫌で、変な虚勢から作り笑顔を浮かべていた。


―――やりゃーできるじゃねぇか


我ながら今回は頑張った。

たった3日だ。


きっとあっという間だ。

それさえ我慢すれば、晴れて同居スタートなのだ。


今拗ねたりして始まりを台無しにするなんて馬鹿げている。


駅の階段を降りながら、ふうと溜息をついた。


―――小十郎に会いてぇなあ・・・




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