ひろいこ・3






慌てて声のした方を振り返り、反射的に政宗を背にかばう。


「誰だ」


殺気だった声を出すと、相手は簡単にひるんだ。


「こわー・・・」

「小十郎、大丈夫だ。こいつは俺の従兄弟の成実。害はねえ」


シャツをつい、とひっぱられて振り返ると、困ったような顔をした政宗がいた。


髪型こそ違うものの政宗と似た髪質や毛色で、親戚と言われれば納得がいく。


「・・・どうやって入ってきたんだ?政宗には顔見知りでも俺は面識もねえし、不法侵入だろうが」


「もーおっかねえなあ・・・俺は2階の窓から入ったりはできないからね。ちゃんとドアから入りました。緊急だったからね」


どうやら政宗を連れて部屋に入った時に、ドアの鍵を閉め忘れていたようだった。

いつもならばまず考えられない事だが、今日は余裕がなかったのだろう。


「カレシさん。政は急用ができちゃったから、今日はおひらきにしてほしいんだわ」

「か、カレシじゃねえ!!・・・急用てどういう事だ?」


成実が、2、3耳打ちをすると、政宗の表情が変わった。


冷たい、というよりは温度を感じない顔。

いつの間にか耳もなくなっている。


「OK、今日は帰る。・・・突然邪魔して悪かったな」


成実と小十郎を交互に見やる。


「急ぎなよ。俺はこの後バイトだからついてけないけど」

「・・・政宗。次はいつ来るんだ」


成実の軽い口調と違い、小十郎の言葉は低く真剣だった。


次にいつ会えるか、という保証が欲しい。

それ一心で、なりふり構っていられなかった。


「話が途中のままだ」

「・・・Ah―・・・じゃあまた明日くる」


それだけ言い残すと、また窓からふわりと消えた。


ふう・・・


小十郎はとりあえず約束をこぎつけた事に安堵して溜息をついた。


この間は突然窓から出て行って、連絡先も知らずに今日までやきもきしていたのだから。

これでは完全に恋をしている男だ。



「えーと、片倉さん?」


不意に声をかけられて、はっと我に返る。


そうだ。こいつがまだ部屋にいたのだった。


「・・・まだ何か用か?」


「俺の用事は、政に家から呼び出しがかかってるのを伝える事」


“家から”

その言葉で、先程政宗が口にしていた話が蘇る。


“母親は頭がおかしくなっちまったんだ”


立ち去る間際の顔を思い出して、政宗にとって良い知らせでない事は想像がつく。

なにかあったのか、そう問いかけようとすると、先に成実に言葉を遮られた。


「もう一個の用事は、あんたと話をする事」





リビングには2人掛けソファが一つしかない為、キッチンのダイニングテーブルで向かい合って腰を下ろした。


この間は政宗の手料理が並んで、お酒を呑みながら他愛もない話をして、ひどく和やかで暖かく感じたダイニングだが、普段は殺風景で冷たい空間だ。


その無機質な空間に、今度は政宗の従兄弟だという成実と向かい合って座っている。

なんとも不思議な感じだ。


「早速なんだけど」


こちらが促す前に、身を乗り出すように成実が口を開いた。


「片倉さんは、政の事、どう思ってるの?」

「・・・・・・」


予想をしていなかった質問に、一瞬固まってしまう。


「・・・なんなんだ、急に」


さっきも“カレシ”かと問いかけていたし、普通の感覚からすれば、男同士相手になかなかでてこない言葉だろう。


「重要な事なんだって。あ、俺の事まだ信用してないか。俺は政の味方だからね?小さい頃からずっと一緒にいるし、俺はあいつの事好きだよ?」


好き、という言葉に、つい眉がぴくりと動いてしまった。


「あ、とと。好きっていうのは、勿論従兄弟としてとか、ダチとして、って意味ね」

「・・・・・・」

「・・・まーこれは聞くまでもなく、政が好きって事かな?」

「本人ならともかく、なぜお前に答えなきゃならねえんだ」


自分でも薄々そんな気がしてきていたが、改めて他人に指摘されると戸惑いから平常心が保てない。


成実は、もーすごまないでよー、と怖がる素振りをするが、実際のところは肝がすわっているようにも感じた。

先程気配を殺して入ってきた事も、それを物語っている。

いくら政宗に意識が集中していたからといって、気配に気付かない程小十郎は鈍くない。


「・・・お前は、耳が生えたりはしないのか?」


人でないならば納得がいく、と思っての質問だった。


「まさか。政宗も言ってたと思うけど、うちの親類、政宗以外は皆人間だよ。血の繋がりはあるはずなんだけどね」


成実の話によると、少し前に朝帰りをしてきてから政宗の様子が変なのだという。


「こりゃーなんかあるなって思ってさ。つっこんでみても、変な奴に会った、としか言わなくて。だから好きな奴でもできたのかって思ってつけてきた」

「・・・」


佐助といい、成実といい、何故様子がおかしかったら恋愛沙汰だと決め付けるのか。


「・・・で?話はそれだけか?」


「わー。本題はこれからだよ。 片倉さん、政宗と一緒に暮らす気ない?」


ドキリとした。

先日、自分が突拍子もなく言った事ではないか。


「・・・政宗は一緒に暮らす気がないようだから無理だろう」

「え?・・・って、まさかもう一緒に暮らそうとか言ったの?」

「・・・言ったが・・・なんでお前はそんな事を勧めてくるんだ」


隠す必要もなかったので普通に答えたら、成実は腹を抱えて笑い出した。


「政が“変な奴”って言うの納得だわ。いや、俺もさ、いくら政に好意があっても、突然一緒に暮らせっつうのはさすがに急ぎすぎかとも思ったんだけどさ」


ラヴラヴでなによりでス
なんて言いながら、なかなか笑い止まない。


「おい・・・俺の質問にも答えたらどうだ?」

「悪い悪い。俺はさ、伊達の家から政宗を解放してやりたいんだ」




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