成実は、今度はさよならの挨拶をちゃんとしてから小十郎のマンションをあとにした。
―――だいぶ堅物そうだけど、ちゃんと政の事、おとしてくれるかな
さっき盗み聞いた様子では、小十郎は政宗から少し事情を聞いているし、それを不憫に思っている節がある。
直接話して、政宗への気持ちが愛情によるものだと実感もできた。
この際性別などどうでもいいのだ。
人間だろうと人間でなかろうと。
つまりは政宗の心の闇を照らしてやれる奴ならば誰でも。
信号が点滅している事に気がついて、慌てて駆け出す。
―――早く帰って政にフォローしないと!
小十郎とサシで話をする為に、政宗に嘘をついたのだ。
“伯母さんの具合が悪いんだって”
“政の事探してるかも”
と。
たちの悪い嘘だが、政宗の口から、自分が信用できる者だと言ってもらったうえで、小十郎と二人で話す機会をつくる必要があったのだ。
強引に侵入でもしない限り、政宗に頼んだところで会わせてはくれないだろうと思った。
―――なんて言い訳するか?
夢でみた事がごっちゃになって勘違いしちゃった、とでも言っておこう。
そう考えて地下鉄の階段を駆け下りた。
**********
政宗は庭の池を眺めながらぼんやりとしていた。
さっきは成実のせいで、散々な目にあった。
「全くどんな寝惚け方だってんだ、成実の奴・・・」
母親が自分を呼んでいる、と聞いたから慌てて部屋へ行ったら、悲鳴をあげられた。
いつものように、あの言葉を叫んで。
“化け物”
そう母親に言われるのは慣れている。
気がふれているのだ、仕方がない。
事実人間ではない。
化け物に違いないのだ。
成実や父親は、お前が気にする事ではないと言ってくれる。
二人の優しさは有難いが、高校にあがってから、自分だけの時間が増えれば増えるほど、罪悪感に苛まれるのだ。
母親は今もなお、自分のせいで苦しんでいるというのに。
自分は“人間”のフリをして、何不自由ない生活をしているだなんて。
「政」
「・・・なんか用か」
背後から声をかけてきたのは成実だった。
伊達家は年季のある日本家屋で土地も広いために、政宗と成実の家族の二世帯が共に暮らしている。
「ほんと、悪かったって・・・ごめん、政」
成実が本当に寝惚けていたのだと信じていたので、さほど怒ってはいなかった。
「もー気にすんな」
そう言うと、途端に犬が尻尾を振って纏わりついてくるかのように、政宗の背中に飛びついてきた。
「へへっ」
「hum お前いい加減ガキじゃねえんだから」
ようやく政宗の顔にも、穏やかな笑みが戻る。
「なあ、政。俺、片倉さんとあの後少し話したんだけど」
「?!小十郎と?・・・なに話したんだよ」
その目には余計な事言ったんじゃないかという疑いの色があった。
「俺、あの人なら、政の事頼んでやってもいいかもって思った」
「・・・」
「俺はさ、そんなにたくさん話したわけじゃないけど。政があんな風に心開く奴なんて見たコトねえし」
「お前さ、どっから見てやがったんだ?」
成実はギクリ、と身体を震わせた。
まさか最初からなどと口が裂けても言えない。
「Ha まーいいけどよ。でも俺は頼んでもらう謂れはねえぜ」
ここが俺の居場所だしな
そう呟いて片手をあげると、じゃあな、と部屋へ戻った。