「小十郎、小十郎・・・!」
いきなり小十郎が気を失ってジャングルジムから転落した。
助けようと手を伸ばしたが、今と昔では身体能力が違うのかスピードが間に合わず、伸ばした腕は空を切って、小十郎の身体はそのまま落下してしまったのだ。
「Shit・・・!」
政宗は自分の不甲斐なさが苛立たしかった。
自分の憂いに気をとられ、小十郎がどんな状態でいるかなど全く気付いていなかったのである。
体調が悪いようには見えなかったが、突然貧血でも起こしたのだろうか?
小十郎のポケットから覗いていたハンカチを引き出し、水飲み場で湿らせたそれを、倒れた小十郎の額に当てた。
「・・・・・・」
すると、不意に小十郎の腕が動いて、ハンカチに添えた政宗の手に触れてきた。
「小十郎・・・!気がついたか?」
「・・・ぅ・・・」
「あ、すぐに起き上がるな。頭打ってたぞ」
子供用のジャングルジムとはいえ、打ち所が悪ければ打ち身だけでは済まないだろう。
「気分はどうだ?“救急車”とか呼んで手当てさせるか?」
小十郎は、ゆらりと身体を起こす。
そして手を伸ばすと、政宗の頭を抱えるようにして抱きしめてきた。
「?!なに、すんだ・・・?!」
「政宗様」
その声音に、胸の奥が締め付けられた。
これは、この声は。
懐かしすぎて政宗は瞬きすら忘れて、されるがまま身動きができずにいた。
「こ、じゅうろ・・・?」
「はい」
「俺の、小十郎か・・・?」
問いかけた言葉に、くっ、とふきだすような笑い声をだしたのち、目の前の男は答えた。
「ええ、貴方の、小十郎です」
「・・・!馬鹿野郎、そういう意味じゃねぇ。この世界のじゃなくて、俺と一緒に生きた小十郎なのかって・・・」
「わかっておりますよ」
改めて互いに顔を見ると、戦国の世で共に生きた姿がみえてくるようで、本当に“小十郎”と再会できたのだと実感できた。
「小十郎!」
「はい、政宗様」
不意打ちの再会に、思わず小十郎の身体にしがみつくようにして抱きついた。
「お前、なんで・・・」
まるで、存在を繋ぎとめるかのように身体を拘束したままで政宗は問いかける。
もう何度目かわからない、目の前の奇跡に。
「この時代の“小十郎”が、少し身体を貸してくれたのです」
「こっちの“小十郎”が・・・?」
「ええ。貴方の望みを、叶えるようにと」
「・・・・・・俺の?」
政宗は、少し逡巡したのちに、はっとして身体を離した。
「Ha!そういう事、か・・・あいつなかなか粋なことしてくれるじゃねぇか」
目を細めるようにして小十郎が見詰めてくる。
小十郎もまた、政宗の姿を目に焼き付けようとしているのだろう。
「小十郎、俺は」
「政宗様。・・・やはりここは小十郎に言わせてやくれませんか」
「何言ってんだ。俺が、お前に伝えたい言葉だ」
「いいえ。小十郎も言わせて頂きたい」
睨みあうようにして双方譲ることが出来ない。
ただ一言、伝えたいだけだというのに。
「では・・・こうしませんか?」
沈黙を破ったのは小十郎だった。
それは後にとっておいて、まず違う話をしませんか?そう提案してきたのだ。
積もる話は確かにある。
二人は、気を取り直してベンチに腰掛けて、他愛もない話を始めた。
何百年ぶりに転生して、今こうして話ができる事。
政宗が丸薬を使ったという人為的な要因があるとはいえ、奇跡としか表現ができない。
そんな壮大な状況を前に、政宗がした悪戯の話や、小十郎がした小言の話などを、ただただ懐かしく笑いあって話した。
この時間が永遠に続けばいい、そう心の中で思わずには居られない。
今も鮮明に残る戦乱の世を生きた記憶に、まるで昔に戻ったかのような感覚になる。
だが昔と違う所は、ベンチに座った二人は互いに身体を寄せるようにして、何も言わずとも手を触れ合わせていた事だった。
口に出さずとも、互いに気持ちは伝わっていた。
ひとしきり笑いあった後、真剣な顔つきで小十郎が向き合ってきた。
「政宗様、ひとつ、小十郎の告白を聞いてくれませんか?」
「なんだ?」
「あの丸薬ですが。・・・小十郎も半分、飲んだのです」
「な・・・っ!」
さらりと言われた言葉に思わず目を丸くする。
「あれは、2対だけの丸薬だって聞いてるが」
「政宗様が喉を詰まらせた時、足元に転がっていたもの見てすぐに直感しました」
小十郎は半分に砕かれた薬を懐に仕舞い、政宗を床に就かせて部屋をでたその足で水汲み場に行ったのだという。
「尤も、今の今まで前世の記憶といえるものがほとんどなかったのですから、やはり半分ずつの量では不完全のようですな」
「お前・・・なんで言わなかった?」
「政宗様が薬を飲んだと知っていた事ですか?それとも俺も飲んだ事をですか?」
どっちもだ、そうぼやくような口調で小十郎を見詰める。
「政宗様は、小十郎に飲ませたいだなどとは仰られませんでしたからな」
「それは・・・言えなかっただけだろうが」
きゅ、と小十郎が手を握り締めてきた事で、政宗もそれ以上の追及はしなかった。
互いにあの頃ひた隠しにしていた気持ちは、とっくに通じていたのだ。
当人同士は隠す事に必死で気がつく事ができなかっただけである。
政宗は、ほっとした反面、自分自身に呆れた。
「俺が身を裂くような覚悟で貫いた秘め事も、結局は無駄だったってわけだ」
「小十郎も、同じ想いですよ」
二人は顔を見合わせて、呆れたような、けれど幸せな笑みを浮かべる。
もう、言わずにはいられない。
待てない。
けれど、二人が同時に感じた事は、この言葉を交わしたら“終わり”だという事。
意識は霧散して、もう戻らないだろう。
そして、今の時代の二人に溶け込んでひとつの存在に。
けれどそれは悲しい事ではない。
今度こそ二人はこの時代で、主従の立場など関係のない間柄になれるのだから。
そして唯一の心残りだった言葉を、伝え合う事ができるのだ。
これ以上幸せな事があるだろうか。
「小十郎・・・ 」
「 、政宗様」
交わした言葉を確かめるように、そっと公園の灯りの下で影が触れ合う。
それはさながら儀式のようだった。
別れの挨拶のようであり、始まりの合図のようでもあり。
「政宗様、今生でも、来世でも。ずっとお傍に」
「ああ。当然だろ?」
「ええ」
それが、二人が交わした最後の言葉だった。