アパートの屋上から見渡せるネオンは、住宅地である周囲よりも、少し離れた港の方面の栄えている所に主に点在していて、夜でもその辺りの上空はオレンジがかって見える程明かりに溢れている。


だが、小十郎はそんな夜景に目もくれず、熱心に政宗と佐助が交互に説明する昔話に耳を傾けていた。


前世の政宗と佐助が最後まで事に及ばなかったとはいえ、肌を触れ合わせた事を知り、先程の夢と辻褄があってすっきりした反面やはり面白くない。

罠を仕掛けあっての事であり、前世の政宗の想い人が他ならぬ前世の自分だったという事がわかり、どうにか受け入れられたが、当時の自分の怒りに震えたあの感情は凄まじいものだった。


断片的な記憶と感情しか持ち合わせていない小十郎には想像する事しかできないが、あの怒りは当人達に対してとはまた別に、そこに干渉する事のできない自分の立場への苛立ちも含まれていたのではないだろうか。

この手で守ったり抱きしめたり、穢れを払ってやる、そんな立場ではない自分に対して。


政宗も、自分を想ってくれていたのだと、前世の自分に伝えてやりたいとすら思う。


そして、小十郎は頭の中で聞いた事を整理しながら、口を開いた。


「・・・つまり、政宗様は想獣ナントカとかいう方の薬を飲んだって事か?」

「・・・まあな。お前も知ってる通り、感情のcontrolができねぇと、鬼の獣の耳と尾がでちまうんだよ」

「へえ。やっぱりそっちを飲んだんだ。耳と尾ってどんな奴なの?見てみたい」


佐助は、政宗と同じく、対の丸薬を幸村に飲ませずに前世を生きたようで、封想獣鬼神丸薬の効果を目の当たりにした事はないらしい。


「見世物じゃねぇ」


ふい、と膨れてそっぽを向く姿は、現代の政宗とさほど変わらなく見えて、少し微笑ましかった。


「前世の因縁については理解した・・・が、政宗様は、何故俺と引き合う事ができたんだ?」

「・・・さぁな」


政宗は依然そっぽを向いていて、オレンジの光が密集しているネオンの方に目を泳がせている。


「・・・何か、隠してるのか?」

「・・・・・・」


小十郎の言葉に、ぎくり、という様子で顔を強張らせる政宗はわかりやすい。


「どうせ全部、後の祭りでしょ〜?何かを懸念する必要なんてないじゃない」


佐助が最もらしい事を言って、政宗に先を促した。


「Shit!生まれ変わってもお前ら変に勘がいいとこは変わってやがらねぇ」

「・・・猿飛の言う通り、ここまで話したのだから全部洗いざらい話しちまったらどうなんだ?
 こいつが居る所では話しづらい事なのか?」


小十郎がそう言うと、「俺様も当事者だってば!」と、佐助の不貞腐れたぼやきがあがる。


「いや・・・そいつは関係ねぇが・・・」

「?」

「・・・小十郎、念の為先に言っておくが・・・聞いても怒るなよ?」

「??」


こちらの様子を伺うような口調は、現れた当初の大人びた様子とはうってかわって幼い雰囲気だ。


「・・・どっちも飲んだんだ。丸薬」

「・・・は?!」

「え、ちょっと、それって二匹の鬼を両方体内に取り込んだってこと?」


散々、丸薬の禍々しい因縁を聞かされた後では、それがどんなに無謀な行いかは想像に容易い。


「な、なんと無謀な事をなされるか!!万が一命を落とすような事があったらどうされるおつもりで・・・っ」


咄嗟に出てきた言葉は、自分のものか前世の小十郎のものか、よくわからなかったが多分両方だろう。


「こじゅうろ・・・」


顔を歪めて耳を塞ぐポーズをとった政宗も、一瞬の間の後、小十郎の顔を見て少しだけ頬を上気させたのだった。


「やっぱ、お前は今も説教くせえのな」


呆れまじりに呟いた声もどこか嬉しそうで。

恐らく、前世に想いを寄せていた小十郎の事を想っているのだろうとわかる。


「はいはいはいはい!!だから惚気は他所でやってくれるっ??」


存在を忘れられかけた佐助が、ぱんぱん、と手を叩きながら穂のかに漂った甘い空気を振り払いにかかった。


「まあ、実際両方飲んで、その後すぐに死んだりしてないでしょ?俺様が知ってる限りではさ。
 で、無事転生して偶然右目の旦那にも会えたってわけ?」

「ああ。結果All rightてやつだ」


何故か得意気にしている政宗に、論点をすり変えられいる感が否めない。


「偶然・・・か。そんな事、あるものなのか?」

「おっまえ!・・・お前が言うなよな。『こんな薬などなくとも来世でも政宗様のお傍に』とかなんとか言ってやがったくせに!」

「そ、それはそうなんだが、それ以外にも何か違う力が働いているような感じがして仕方がねぇ」

「・・・・・・」


小十郎の問いに、ぐ、と言葉を詰まらせた政宗は、まだ全部を白状していない様子である。


「・・・可能性としての話なんだが・・・」


ようやく残りも話す気になったか、と小十郎と佐助が揃って政宗を見詰める。


「・・・飲んだ直後に、お前と・・・接吻したんだよ」

「はっ???」


予想外の言葉に、照れるような年でもないのに、小十郎は妙に気恥ずかしい気持ちで素っ頓狂な声をだした。


「それで、もしかすっとその丸薬の成分が少しお前にも入っちまったんじゃねぇかって。それがirregularの原因かもしれねえ」

「・・・そ、そうか」


目の前の政宗は、現代の政宗の姿をしているから余計にそう見えるのかもしれないが、恥ずかしげに頬を染める様子はなんとも可愛らしかった。


「・・・嘘でしょ?」


だが、またしても甘い空気が流れそうになったのをせき止めたのは佐助だった。


「Ha?なんで嘘なんだよ!」


むっとして反論する政宗に、なおも冷静にかけた言葉は、非常に的を得ていた。


「俺様の知っている限り、天と地がひっくり返っても、右目の旦那が独眼竜と接吻なんて、有り得ないと思うんだけど」

「うるせえ。口をつけたのは本当だ!!」

「・・・?政宗様、一体どういう事なんだ?」


すると、政宗は言いづらそうにポツポツと話し始めた。


「詰まらせたんだよ。その薬。二人分の丸薬だろ?そりゃあ、二個とも丸々飲むのはやばそうだと思って、ちゃんと半分ずつに割ったんだぜ。
 けどよ、一欠片目でひでえ胸焼けがしやがって、すぐにもう一欠片目を流し込んだら、喉に詰まったみてえになって息ができなくなりやがって」

「・・・それで、俺が?」

「ああ・・・」


政宗によると、息が詰まって手足をバタつかせて悶えている所を、物音で異変に気付いた小十郎がとんできたのだという。

そして、駆けつけた時に息をしていなかったという政宗に、咄嗟に口から息を流し込み、詰まっているものを押し込んだそうだ。


何があったのか聞かれた政宗は、丁度傍らにおいてあった食べかけの団子を指さして、『団子が詰まった』と言い訳をした。

その後は、よっぽど焦ったらしい青い顔の小十郎に酷く叱られて、もう大丈夫だというのに、すぐに床に寝かされて丸一日の安静を言い渡されたという事だった。

慌てて隠そうとした丸薬の半分ずつに割った欠片は、暴れた時に茶を零したり湯飲みを割ったおかげで、欠片に気付かれる事なく小十郎に処分されたらしい。

つまりは、自分が隠蔽する前に事が済んだのだそうだ。


その失態を“接吻”などと言って照れるとは、可愛らしい一面があるものである。


「お前と、今の俺がどんな仲なのかは、なんとなくだが知ってるぜ。こいつの腹の中でほんの少し感じたり聞こえたりしてたからな」

「・・・そうか」


嬉しそうな切なそうな顔から複雑な想いが見てとれたが、そこにかけてやれる言葉はなかった。


「とにかく・・・不慮の事故とはいえ、お前まで巻き込んじまってすまねぇ。
 本当なら、知らんふりして勝手に近づいて、俺の実力でお前の隣を貰いうけるはずだったんだがよ」


半分ずつしか薬を飲んでいないせいか、政宗自身も、夢で断片的な記憶が見え隠れするも、はっきりとした意識は今の今までなかったらしい。

半妖の姿を完全にコントロールできていなかったのも、半分という、完全な服用量に満たない事が関係しているのかもしれない。


「実際、政宗様も知らない間に、政宗と俺は接触する事ができて、今晴れてこうして一緒に暮らしてる。
 結果オーライ、なんだろ?」


小十郎の言葉は、本心からでたものだ。


政宗と出会えた事に感謝しているし、その為に過去の政宗が画策してくれた事もひどく嬉しかった。


「そうだな、小十郎、Thanks。・・・だがお前は当然恨んでやがるだろうな?」


ふ、と政宗は視線を佐助の方にうつす。


小十郎も聞いたばかりの壮大な話に呑まれて忘れかかっていたが、ここにも意図せずに丸薬の力を授かってしまった人間がいるのだ。

思わず、政宗を庇うようにして間に割って入った。


すると、感情の読み取れない顔をしていた佐助が、すぐに表情を崩して吹き出した。


「片倉センセ。俺はね。前世の猿飛佐助でもあるけど、現世の俺様というのが本来の姿だよ」

「・・・どういう事だ?」

「つまり、俺は独眼竜の旦那に感謝してる」


その言葉に目を見開いたのは、小十郎の後ろにいる政宗も同様であった。


「あの時代の右目の旦那は、鬼のような強さだったしつっこみづらい人だったし、はっきり言って苦手なタイプだったけど、今の片倉センセはだいぶ丸くなったよねぇ」


おちょくるような話口調は、もう闇を纏うような疑いの瞳は向けられておらず、清々しく笑っている。


「伊達ちゃんの事だって、可愛いって思う。あ・・・違うからね。なんていうか弟みたいな感じでね?
 なにより、うちの旦那の“親友”らしいからさ」


可愛い、と言った時に変化した小十郎の眉毛の動きを見逃さずに、佐助はフォローを入れるのも忘れない。


「俺様が真田の旦那に丸薬を飲ませなかったのは、独眼竜みたいな純粋な気持ちじゃない。
 竜の旦那は、薬に興味がないって言われて、自分の気持ちを強制したくなかったんでしょ?」


佐助は二人の方には目をやらずに、屋上の手すりに凭れ掛かるようにして空を眺めていた。


「俺様は、乱世の思い出をとっておいてほしくなかっただけだからね。
 真田の旦那と出会ってからも、俺はあの時代でたくさん汚い仕事してたし。
 きっと乱世はいつか終わるって確信はしてたから、そしたらその平和ってやつを、何も知らずに過ごしてほしいって思っただけだ」


口には出さなかったが、前世の政宗も佐助も、十分純粋で強い心を持っていたのだと小十郎は感じた。


「それに、俺様が記憶してるならさ、気長に探し出してやるって思ってさ。
 忍びの頃そのまんまとはいかないにしろ、だいぶ足腰も強いしフットワークは軽いからね」


感謝している、というのは事実のようである。

佐助にとって大切な存在である幸村と、どういう再会を経て今の生活を送れるようになったのかは知らないが、丸薬の力を使うことで成し遂げた結果だという事には変わりない。


「Hum。もし“政宗”と小十郎の仲を邪魔したり、恨んでつきまとうような事があれば、今制裁してやらなきゃいけねぇなって思ってたんだが、必要はなさそうだな」


政宗は、口を弓なりにして悪戯な表情で笑う。


「もー物騒な事言わないでよ〜。俺様だって立派に現代っ子だし。もともとは平和主義者なんだよね」


軽いやり取りをしている中でも、三人それぞれのわだかまりや懸念が解けていくのが感じられた。

幸村は、幸か不幸か一人前世の因縁を全く知らないわけだが、恐らくこれで良いのだと思えた。


結局大切なのは、生きている“今”なのだから。



「お。もうそろそろ終電近くなってきたよ〜」

「ああ、帰る時乗るやつの事だな」


前世の政宗は、先程も言っていたように、確かに今の政宗の事を身体の内で感じていたようで、なんとなく現代にも通じている節があった。


「真田は、もう寝てんのか?」

「ん。今日は夜更かしな方だけど、普段は22時にはこってり寝るし、さっきメールで先寝るように言っておいたからね」


ならば起こすのも悪いと、特に手荷物もない二人は、アパートの部屋には寄らずにそのまま帰路に着くことにした。


「けど、本当、片倉センセと伊達ちゃんが、単なるバカップルで良かったよ〜」

「は?なんだと?」


すぐ凄むのは相変わらずだけどね、と苦笑いしながら、佐助は恐らく本心の言葉を口にする。


「もし、過去の因縁とかでさ、俺様と旦那の平穏を揺るがすつもりなら、容赦しないって思ってた」

「ふ。まあそれがお前の本性だろうな」


小十郎も、自然と笑みがこぼれた。


「まあ、それはそうと、記憶もってるもの同士仲良くやろうよ、ね!」

「はっきりと記憶をもってんのはお前だけだと思うがな」

「ちょっと〜!ノリ悪いとこも相変わらずなんだから!」


そして、チラリ、と真横を歩く政宗の姿を見やる。


―――そういえば、いつ元に戻るんだ?


「なんだ小十郎。何百年ぶりだか久し振りに会ったんだ。あと一日くらい俺と過ごしたって罰は当たらねぇだろ?浮気でもあるまいしよ」


急に心を読まれた気がして、少しぎくりとしてしまう。


「いや、そうなんだが、ちゃんと元に戻るんだよな?政宗はちゃんと元気にやってんのか?」

「元気にやってるかって?Ha、変な言い方すんな。今は腹の中で寝てるだけだから心配ねえ」


けたけたと政宗は無邪気に笑い声をあげる。

その言葉にほっとしながらも、『あと一日』と言われた言葉を反芻して、これから自分の部屋に帰り、この“政宗様”と一緒に過ごすのかと思うと、不思議な気持ちになるのだった。




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