「もう、現れないものかと思っていたが」
冷蔵庫に冷やしていた麦茶をテーブルに置いて、小十郎から口を開いた。
「ああ。そのつもりだったんだけどよ」
ほんの僅かに、胸がツキリと痛む。
「じゃあなんでまた来たんだ?」
「・・・あんたは、多分簡単に言い触らしたりする人間じゃねえって思ってはいるんだが」
政宗が言わんとしているのは、もしかしなくても、政宗の身体の事だろう。
「そりゃあな。第一誰も信じないだろう。目の当たりにしない限りはな」
「ああ。だから、俺の正体がばれる心配はないってことだ」
続きを促すように、黙って言葉を待つ。
だが先程から、政宗ははっきりと言葉にしようとせず、隻眼は落ち着きなく揺れていた。
「いい話じゃ、なさそうだな」
「!」
「で?俺もはっきりしない事があって、正直苛々してるところだ。お前の方も言いたい事があるならはっきりしてくれねえか」
「・・・」
本気で苛立っているわけではなかったが、政宗が話しだすようにと促してみる。
すると形の良い眉が顰められた。
「わかっているだろうが、俺は・・・化け物だ」
「・・・・・・」
「だが、俺の親は人間なんだ」
意外な話だった。
てっきり、半妖の一族のようなものを想像していた。
「でも俺がこんななもんだから、母親は頭がおかしくなっちまったんだ・・・」
「・・・」
「俺は父親にも母親にも面差しが似てるし、二人の子供・・・のはずなんだ。だけど・・・」
母親は、自分が夫以外―――化け物との子供を宿してしまったのだと思い込むようになってしまったのだという。
「実際そうなのかもしれねーが・・・だから、これ以上俺の事でおかしくならねえように、絶対に他人に正体がばれないように生きてきた」
「・・・ああ」
政宗は母親の事を第一に考えている様子だったが、表沙汰になったら、それこそ政宗自身も普通の日常を送る事は難しいだろう。
世間の注目を浴びて、悪く言うならば晒し者だ。
「・・・すぐにこの場を離れてあんたと接点をなくせば、済む話だと思っていたんだ」
苦痛に歪んだ表情から、その先に続く言葉は悪いものでしかないと感じる。
「けど、あんたにばれた途端に、耳や尾を制御するのが難しくなってきちまったんだ」
「・・・すぐにこの間の姿になっちまうってことか?」
「・・・ああ」
そこまで説明すると、俯いていた政宗がゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、誰がみてもわかるような不安定さが顕れていて。
ズボンの後ろポケットから何かを取り出そうと動いた。
カシャン!
反射的に動いた小十郎は政宗の腕を後ろ手に掴み、その衝撃で小型ナイフが床に転がった。
「嫌な予感はしたが・・・」
「・・・・・・」
政宗は押し黙ったまま、抵抗もせずに項垂れていた。
「・・・お前は馬鹿か?こんなすぐ足がつくようなやり方で、俺を殺そうとしたのか?」
「え・・・?」
「すぐ警察に捕まって一生を棒にふるだろうが」
「・・・馬鹿はあんたの方だろ・・・」
政宗は、呆れたように脱力していた。
確かに。
自分の命が狙われていたというのに、その相手に説教をはじめているのだから、政宗の言う事はもっともだ。
「・・・死を恐れた事はねえ。俺は肉親がいない身だしな」
「・・・・・・」
「だが生きる事に絶望しているわけでもない」
「hum・・・」
「生と死に執着はしていないが、お前が俺を殺すならばそれでもいいかとも思う」
「は?!」
「それが運命ならば、という意味だ・・・だが、簡単に殺されてやる気なんて毛頭ねえ」
掴んでいた手を緩めてやり、顔を覗き込んだ。
「それに、全く殺気を感じなかった。 本気で殺すつもりなんてなかったんだろうが」
そう言い放つと、今度こそ完全に脱力した政宗が肩に顔をうずめてきた。
「あんたの言う通りだ・・・」
寄り添ってきた身体に、自然と手を回して背中を撫でる。
「・・・あんた、動物に好かれるだろ」
「なんだ急に」
「俺の中の獣の血が、反応するんだよ・・・あんたの前だと力が抜けて、安らいじまう」
「ふ、お前は甘えたなのか?」
「Ah?!変な事言ってんじゃねえ そんなワケねえだろ」
きっと政宗の姿が完全な動物の姿だったら、毛を逆立てて唸る猫の姿なのではないかと思わずにはいられなかった。
大人しくしろ、とばかりにきゅうと腕の中に閉じ込めて会話の続きをする。
「制御できるようになる方法とかはねえのか?」
「・・・ない事はないし、それをやろうと思ってここに来た」
「殺すことじゃなくてか?」
「殺されそうになれば、あんたが逆上するかと思ったんだよ」
「?」
先程掴み上げた時よりも、ばつの悪そうな顔をしている。
「俺が逆上する事で、制御の方法となんの関係があるんだ?」
「・・・mentalの問題だから、やろうと思ってできる事じゃねえんだよ」
少し間をおいてから、意を決したように見上げてきた。
「あんた、俺に冷たくしろ」
「は?」
「・・・俺に嫌われるような行動をとり続けろ」
「・・・納得のいく説明をしねえか」
「・・・・・・」
押し問答のようなやり取りが続き、段々政宗の顔が赤らんできた。
一向に理由を話そうとしない政宗を言葉で攻めるのは無駄だと判断して、これまでの状況を頭で整理しようと考える。
現実離れしている話とはいえ、よく考えてみれば童話や物語でありがちな、予想がつきやすい展開だった。
秘密を守るために、秘密を知ってしまった者を葬ろうとする。
そもそも本当に葬ろうとしていたわけではなかったようだが。
大抵こういう場合の犠牲者は・・・。
そこまで思い当たって目の前の顔に意識を戻すと、腕の中で居心地悪そうにしているものの、それは嫌がっているわけではなく、慣れていない為に気恥ずかしいのが強いのだろうと簡単にわかる。
―――まさかな
そう思って両手で頭を固定させると、あの時触れた唇にもう一度触れた。
「っ・・・ば、ばかや、ろ・・・何してやがる!」
政宗は慌てて小十郎の額や頬を両手でぐいぐいと押して、力任せにはがしてくる。
すると、耳と尾が同時に現れて、再び半妖の姿になってしまったのだ。
「政宗・・・制御ができなくなる仕組みというのは・・・」
「シャラップ!!」
顔を真っ赤にして耳を伏せている姿は、本人が言うような化け物などという恐ろしいものではなくて、やはり可愛らしいと思う。
「あーあ。政、なにやってんのさ」
突然、二人しかいないはずの部屋に見知らぬ声が響いた。