ひろいこ・19






背後の階段で何かが崩れるような音がした為に、反射的に攻撃の手をとめてそちらに目をやった。

すると、政宗が階段の手すりに掴まったままうずくまっている姿が目に飛び込んできた。


「政宗・・・っ?!」


今までの乱闘騒ぎなど頭から消えたかのように、佐助に背を向けて政宗の方へ駆け寄る。

佐助は、小十郎から仕掛けてくる攻撃に対し防戦一方で、攻撃が止んでも反撃や隙をつくような真似はせず、後に続くようにして政宗の元に走り寄った。


「どうした?気分が悪ぃのか?」


政宗の肩を抱くようにして支え、そっと頭にも手を添えた。


耳の発作かと思ったのだ。

初めて小十郎の前で耳がでてしまった時のように、“出すまい”と抵抗している時は、少し苦しげになる。


けれど今の政宗の様子は、浅く荒い息をぜぇぜぇと繰り返して胸を掻き毟り、尋常ではない様子だった。


「政宗・・・、今救急車を」

「・・・は、・・・ぁ、はあ、は・・・っいらな、い・・・」


「・・・伊達ちゃん。おちびさん・・・旦那はどこ?」


小十郎の心配を余所に、佐助は至って冷静に政宗に声をかける。


「てめぇ、それどころじゃ・・・」

「は・・・はぁ、は・・・・・・こじゅう、ろう。いいんだ。大丈夫だ」

「・・・政宗?」


少しだけ呼吸が整ってきた政宗は、小十郎の肩を借りるようにしてどうにか立ち上がると、何故かニイ、と笑った。


「独眼竜の旦那。久し振りだね。で、うちの旦那はどこ?」

「Ha!安心しろ。真田ならコンビニに行ってる。まだしばらくは戻ってこねえさ」

「・・・・・・?」


小十郎は、身体を支えてやっている政宗に対し違和感がしていた。

政宗に違いないのだが、なぜか別の気配を感じるような不思議な感覚なのだ。


「小十郎、安心しな。お前の政宗は、今腹ん中にちゃんと居る。すぐ、返してやるからよ」

「・・・・・・政宗・・・さ、ま?」


そこで自分が口にした言葉ながらに混乱していた。

無意識に、口から滑り出てきたのである。


けれど一番驚いた顔をしていたのは、身体を凭れ掛からせてきている政宗自身だった。


「小十郎、お前、なんで・・・。まさか記憶があるっていうのか?」


政宗の口からも、“記憶”というキーワードが出たことで、佐助に言われた前世での因縁については間違いがないようである。


「いや、その、前世とやらの記憶はねぇんだが・・・さっき夢でみたんだ。猿飛が、その・・・屋敷に忍び込んできた時の事を」

「そ・・・うか」


政宗は、何かを期待した子供が思った通りの事実ではなく落胆した時のように表情を曇らせた。


「なんだ、その時の事しか覚えてないの?まあ、肝心なところ、といえば肝心なところではあるけどねぇ」


少し意地の悪い笑みで佐助がからかい、続けて政宗に対して問いかけた。


「どう?二人分の人生の記憶があるっていうのは」

「・・・・・・」


政宗は、固い表情のまま、無言を通している。


「なかなかきついでしょ?俺様も小さい頃はすごい苦労したんだよ?子供のフリしてなきゃいけないし、それでも子供らしくないって不気味がられたりしてさ。
 そりゃそうだよね。中身は一人分の人生を体験した精神を持っているんだからさ。なんでこんな記憶をもってなきゃいけないんだって、独眼竜の事恨んだりもしたさ」

「・・・俺は今初めて、思い出した」

「・・・ふうん。あの薬、不良品なんじゃないの?伊達ちゃんも片倉センセに会えたってのに記憶なかったみたいだし、
 片倉センセに至っては俺様と同じ人生を歩んでいるものだと思ったのに、今も記憶戻ってないなんてさ」


小十郎からしたら全く話の見えない会話だが、政宗と佐助の間ではごくわかりきった話をしている雰囲気である。


「当然だ。俺は・・・小十郎にあの薬を飲ませてない。だから少しでも前世を知ってるってのがirregularなんだ」

「・・・・・・」


自分の事が話題にあがり、今は“前世の政宗”だという男に目をやった。


「・・・仕方ねぇな・・・話さないわけにはいかねえってか」


視線に気付いた政宗がふう、と溜息をつく。

もう身体の様子は落ち着いて呼吸も整ったようだ。


「政宗、様」

「Stop。無理に呼ぶ必要ねえぜ。今まで通り、“政宗”でいい」

「しかし・・・」


自分の恋人の政宗と同じ容姿ではあるが、中身が違う事は雰囲気でわかる。

そしてその正体もわかっているとなれば、恋人と同じ呼び方をするのが憚られた。


小十郎の感じている事を察してか、少し自嘲気味に笑うと、「まあいい、好きにしな」と政宗は呟いた。


「ちいとばかり長くなりそうだな。その様子だとあんたも真田に飲ませなかったんだろ?」

「・・・さあね」


佐助は珍しく、少し拗ねたような顔を覗かせてすぐに背を向けた。


「アイスはまた来た時に食べるって伝えて先に寝かせとけよ。これからも、教えないつもりならな」

「へいへい、人遣いの荒いこって」


そう口では皮肉を言いながらも、佐助は幸村にメールを送り始めた。


「悪ぃな、小十郎。少しばかり昔話につきあってもらうぜ」


小十郎は、いつもより大人びた雰囲気のする政宗の顔をまじまじと見て、これから聞かされる事に思いを馳せた。

恐らく想像が及ばない程、突飛な事なのだろうと、心のどこかではわかっていながら。




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