それから徐々に小十郎との信頼関係が深まっていった梵天丸は、勉学にも励み、小十郎から剣術の指南も受け、活発に外にもでるようになった。
そして元服を迎え、藤次郎政宗と名を改めた頃には、今まで次男を指示していた家臣達も、政宗が当主に相応しいという考えに改めたのである。
十八の若さで家督を継いだ政宗は、近隣諸国の内乱を鎮圧させ奥州を統べると、傍らに“竜の右目”として小十郎を従え天下分け目の戦に名を挙げる武将となった。
けれど、奥州の土地柄冬は深い雪に覆われる為、秋からは活発な戦の動きをとる事はできず、その間はひたすら内務に励まなければならない。
幼い頃小十郎から外に連れ出されるようになって以来、すっかり活発になった政宗は、屋内に篭っていなければならないこの季節があまり好きではなかった。
内務を疎かにして、書物に読み耽ったり、歌を詠んだり、茶や料理にまで手を出したりと、趣味の時間にあてることも少なくない。
そしてその多趣味のうちの一つとして、珍品の収集というものがあった。
松永久秀という、骨董集めが趣味のような人物と剣を交えた事があり、大仏殿の炎上と松永の自害で幕を閉じた戦ではあったが、焼けずに残った宝物庫から実に大量の戦利品を持って帰ってきたのである。
時機を見計らっては宝物を収めた部屋に行き、その中身を少しずつ確認しているのだ。
「政宗様!またこちらにおいでか」
「!っと小十郎、気配殺して近づくんじゃねぇ」
「気配くらい読んでいただかないと困ります!背後が隙だらけですぞ!」
「へいへい、小言は聞き飽きたぜ・・・」
いつも小十郎は小言を言うが、本当に政宗を思っての事だと理解しているので、政宗も嫌々ながらも聞き入れている。
「それより、小十郎、これ見てみろ」
先程見つけたばかりの宝を自慢げに差し出して見せた。
「この二つの丸薬は、二匹の鬼のものらしい」
「・・・? 鬼、ですか?」
小十郎に渡した木箱には、掠れていて辛うじて読み取ることのできる文字が刻まれていた。
蒼い包みに包まれているものが“封想獣鬼神丸薬”
碧の包みは“封視賢鬼神丸薬”
これら二つの丸薬に閉じ込められているという鬼は、二体で一対となる存在なのだそうだ。
想獣は半分人間で半分が獣という姿をした鬼で、当然人よりも優れた身体能力を持っている。
そして、対である視賢の居場所を感じ取る能力があるのだという。
一方の視賢は、身体能力は人とさほど変わらないのだが、人の間で言い伝えられるいわゆる仙人であり、その能力は記憶がなくならないという事。
人間は、脳に一度留めたものを本来失う事はない。
だが表面上“忘れる”事によって、脳で整理し蓄積していっているものだが、この仙人は忘れる事なく膨大な知識を保有する事ができる。
そして死してもなお記憶を留め、次に生を受けるその時にまで影響を及ぼすのである。
想獣の丸薬を飲んだ者は、前世の記憶は残らないが対となる封視賢鬼神丸薬を飲んだ相手の居場所へ、無意識に引き寄せられる能力を保持したまま生を受け、視賢に出会い初めて記憶も覚醒する。
視賢の丸薬を飲んだ者は、前世の事を記憶している為に、対となる封想獣鬼神丸薬を飲んだ者が周囲にやってくれば、その姿・魂を記憶している為に、見つける事ができるというのである。
つまりこの鬼達は、次の生にまで影響を及ぼす絆を有した、呪いにも似た間柄なのだ。
「・・・そんな怪しげな薬、宝にしておいても災いを呼ぶだけですぞ。すぐに処分いたしましょう」
「Ah〜?なんでだよ。本当ならすげぇじゃねえか。俺なら飲んでみたいね」
「な、なんですと!ご自重ください!御身を何だと思っておいでか!」
小十郎は、珍しく慌てた様子で怒鳴り声をあげる。
「んなに怒鳴らなくても聞こえるぜ・・・全く。この薬はあくまでも次の生の事だぜ?今は奥州筆頭としての責を放り投げるような事はしねぇさ。
それが俺の天命だからな。だがよ、次の生で俺がどう生きるかくらい、自由にさせてくれたって罰は当たらねぇだろ?」
「それは勿論そうですが、万が一そのような得体の知れぬ薬を飲んで、毒になるような事があれば取り返しがつきません!」
「小十郎は・・・飲んでみてぇと思わねえか?」
探るような目で小十郎の瞳を覗き込んだ。
「・・・?飲みたいはずがないでしょう。ご免被ります!」
「・・・」
小十郎は知らないのだ。
政宗が何故このような怪しげな薬に興味を持ったのか。
「ま、そうだろうな」
政宗は、心の中で溜息をついた。
もしもこの薬が本物で、本当に次の生で望む人間とまたもう一度出会えるのであれば、迷わずに飲みたいと思ったのだ。
そしてもう一度、小十郎とめぐり合う。
その時は主従や家のしがらみなどない、同じような身分で生まれて共に過ごしたい、そんな儚くも切実な夢を見ていたのだ。
けれど、そんな気持ちには微塵も気付かずバッサリと切り捨てられ、政宗はヤケ酒でも煽りたい気分になる。
そもそも、小十郎に対する秘めた想いは打ち明けないと決めているのだから、気持ちが汲み取られなくとも仕方のない事なのだ。
そう自分に言い聞かせて、小十郎にもう下がるように言おうとしたところ、
「それに、そのようなものなどなくとも、小十郎は必ずや次の生でも政宗様を傍でお守りする人間として生まれ変わってみせます」
力強い言葉で小十郎が言い切ったのだ。
「・・・ばぁか・・・誰もお前に飲ませるなんて、言ってねぇだろうが」
胸が締め付けられた。
言われた言葉が嬉しかった事もある。
けれど、純粋な忠誠心を見せ付けられ、反する自分の想いが邪なものであるという事実が胸に痛かった。
そして素直にその気持ちを打ち明けるわけにも行かず、憎まれ口を叩く。
「ああ、そうでしたな。けれど、政宗様が嫌だと申されても、小十郎はそのつもりでおりますからな」
小十郎は照れたように笑ったのち、すぐに口を引き結ぶと小言を再開させるのだった。
最後には、決してこの怪しげな薬は飲まないこと、と約束をさせられた。
「次の生に思いを馳せる暇などありませんでしょう。政宗様は今を精一杯生きてくださいますよう」
「O.K.分かった分かった、もう小言は勘弁しろって」
「・・・では、これは処分して参ります」
散々説教を受け、少しは考えを改めていたのだが、小十郎が木箱を懐に仕舞おうとすると慌てて引き止めていた。
「Stop!それは俺が手に入れた宝だぜ?collectionとして持っておくくらいいいだろうが」
「・・・本当に眺めるだけ、ですか?」
疑いの目で小十郎が見つめてくる。
「Yes!そんな珍しい品をわざわざ捨てちまうなんて勿体ねえだろ。他の奴らにだって見せてやりてぇし」
「小十郎には全く勿体無くありませんが・・・」
なおも食い下がり小十郎の手から木箱をひったくると、自分の懐の中に仕舞いこんだ。
飲む、飲まないは別としても、今すぐに手放す気にはなれなかった。
「わかりました。けれど、絶対に飲まないと誓ってくださいますな?」
「・・・ああ」
「政宗様の身にもしもの事があったら、この小十郎腹を切らねばなりませぬ」
飲むと決めたわけではないが胸が痛くなる。
「わかってらぁ」
「・・・というのは、建て前ですが・・・」
「・・・?」
「・・・・・・政宗様、本当に貴方の御身が心配なのです。あの松永が持っていたような品などロクな物ではないでしょう。
御身にもしもの事があったら、右目は・・・この小十郎は生きていく事はできませぬ」
小十郎は、いつになく真剣な表情で、熱の篭ったような、けれどそれでいて澄みきった瞳でまっすぐに見詰めてきた。
「Sorry・・・小十郎。お前の気持ちはわかった」
政宗は、そう答えざるを得なかった。
ここで薬を飲んだり飲ませたりしたら、小十郎の気持ちを裏切る事になる。
今生で叶わない想いを来世に託すというのは、それこそ政宗にとって求めてやまなかった願いそのもの。
その可能性が目の前に転がっているというのに諦めるというのは断腸の思いだった。