今日の小十郎の様子はおかしい。

政宗は小十郎が佐助のアパートに来た時、一目見てその異変に気付いていた。


けれど、今そこで指摘をしたところではぐらかされるに決まっているし、あえて口にはしなかった。

息を切らせてやってきた様子と、ほんの少し見え隠れした佐助への敵意。


仕事でなにかあったのか?と思ったが、佐助は小十郎に対して普通に接している。

いい大人だし、仮にも教師という立場の二人が、教え子と同じ年頃の自分達の居る前で、事を荒げるような真似はしないだけかもしれないが。


男同士の揉め事など一回ぶつかれば解決するだろうと男らしい考えでいた政宗は、その後は特に気にする事なく鍋に集中した。


そして、普段煙草を吸っていない二人が一服などといって外に出て行ったので、口か拳でかはわからないが、ガツンとやりあってくるのだろうか、と思ったので口出しはしなかったのである。


よく従兄弟の成実と自分は殴り合いの喧嘩をしたし、幸村とも格闘勝負という名目のもと拳を交えていたので、物騒だとも思っていなかった。


「政宗殿、今日はこの勝負が最後となりましょうぞ」

「O.K. ちょうど九勝九敗。次勝った方が今日の勝者だ」


佐助のアパートにきたのは、いつもと違って身体を動かさない勝負をしに来たためだった。

昼間からテレビに向かって、人生ゲームに格闘ゲーム、シューティングゲームと、一通りのジャンルの勝負をしている。

最後に取り出した“オチモノ”ゲームで今日は締めくくることにした。





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「んーーーーーあっ!」


大きく伸びをしてそのまま後ろに倒れこんだ政宗は、壁にかかっている時計を逆さから眺めると、もう時計は22時近くになっていた。


先程の勝負は政宗が間一髪のところで逆転勝利を収め、罰ゲームとして幸村は少し距離があるコンビニまでアイスの買出しに出掛けている。


「あいつら、本当に殴り合いでもしてやがるのか?」


まず頭をよぎったのは、佐助の顔が腫れあがってしまうのではないかという事。

恋人の心配ではなく佐助の心配をしたのは、小十郎は確実に喧嘩も強いと踏んでいるからだ。


それはある種の惚気でもあるのかもしれない。


「あんまり遅いとアイス食べる時間なくなっちまうな」


そう呟いて、玄関に向かった。


幸村から、「恐らく、屋上でござろう」そう聞いていた。


佐助が気分転換で外に出る時は、必ず屋上の手すりに座って空を眺めるのだ、と。

嬉しそうに話す笑顔は、かつて佐助が、まだ会った事のない幸村の話を聞かせてくれた時と同じ顔で。

つまりはお互いに同じように大切に想っている存在だという事なのだろう。


「まあ、それを言うなら俺と小十郎の絆にゃあ敵わな・・・」


そこまで呟いて、違和感を感じる。


先程佐助に小十郎との関係を冷やかされて、そんなチャラチャラとした軽い間柄ではなく、もっと深い絆のようなものがあると強く心に感じて否定をしたのだが、胸を張って自分達の絆を思い浮かべる時、それは夢で見た二人が影響なのか?という思いが頭を掠めたのだ。

実際、小十郎の方はどう思っているのだろうか?という疑問もうまれた。


柄にもなく弱気な考えだと舌打ちしながらも、赤錆が混じった年季のある階段を上る。


屋上に二人の姿を見つけたが、離れていてもわかるような殺意に満ちた不穏な空気がそこにはあった。

普段の暮らしは穏やかでも、小十郎に荒々しい一面がある事位知っていたつもりだが、ただの喧嘩で殴り合いという雰囲気ではない。


「・・・小十郎・・・?」


一体何があったのかと混乱していると、小十郎が躊躇する事なく佐助に攻撃をしかけた。


それを見た瞬間に、どくり、とまるで血が逆流を始めたのではないかと思うように胸が痛み、激しい動悸に襲われた。


「く・・・、ぅ・・・っ」


どくんどくんどくんどくん


自分の心臓の早鐘を遠くに聞きながら、意識が飛びそうになるのを手すりを握り締めることで辛うじて持ちこたえる。

けれど同時に激しい頭痛も起こり、更に顔を歪めた。


抗えない何かが自分の中を浸食していくようである。

目の奥がチカチカと点滅するようになったかと思うと、白昼夢のように現実ではない映像が流れては消える。


たくさん、たくさんの映像。


それは、死に逝くものが見る走馬灯のようなものだろうか、ひどく懐かしいたくさんの出来事であった。


ただひとつおかしいのは、恐らくこれは、あの夢の中の自分に起きた出来事だという事だ。

それを“懐かしい”と感じ、頭が、身体が、確かに記憶している。



小さい頃小十郎と初めて会って。

最初は心が開けず、疑念の塊の瞳で見ていた自分がいて。

それでも根気よく自分の世話をやく小十郎。

病のせいで朽ち果てた瞳をその手で救い出してくれた。

それから徐々に距離が縮まり、恐る恐る差し出した手を力強く握ってくれた小十郎。

自分にとって、何にも変え難い存在で、決してその魂を汚したくないと思った。

深く、愛していたのだ。

だが当時の政宗は戦国の時を生きる武将であり、小十郎はその傅役で腹心となった男だった。

独眼竜と称された政宗は、小十郎の前で常に強く気高い竜でいなければならなかった。

そうすることで小十郎を繋ぎとめておきたかったからだ。

そして小十郎は、竜の右目として政宗の隣で共に乱世を生きた。

やがて老い、病に臥せり、離れる時まで。


小十郎が病に倒れても、それでも前だけをみて進んでいられたのは、なおも気高い竜であるが故だ。

小十郎がこの世から旅立ってしまったその時に、初めて大粒の涙を流した。


けれど、まだ希望があったのだ。

そこから長い長い余命を過ごす事になった政宗だが、夢見ている事があった。

小十郎との死別で、色のない世界で生きているようなものではあったが、ただ一つの希望があったのだ。


それは一度だけ、小十郎を裏切った悪事が関係している。




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