目的のアパートを探し出すと、乱れた呼吸を整える間もなく扉を乱暴に叩いた。
一種の既知感を感じる。
夢の中で、政宗の部屋に侵入した者の気配を感じ取って駆けつけた時。
そしてその部屋の中にいた二人。
夢の中の政宗が言ったように、佐助は命を狙いにきたのであろう。
けれど、どういった経緯があったかは与り知れぬが、駆けつける寸前まで、佐助は政宗の体に舌を這わせていたという事実だけが横たわり、今も小十郎のはらわたを煮えたぎらせるのだ。
それは、もうずっと昔から燻っていたような深い深い怒り。
「はーい」
すると、小十郎の心情を裏切る、明るく間延びした声で扉はすんなりと開かれた。
「あれ?片倉センセ、随分早かったね!この近くにいたの??」
いつものにこやかな笑顔で、目の前の明るいオレンジ色の髪の男が顔を出す。
「小十郎?!もう来たのか?」
すると、ひょこりと佐助の背後から、菜箸を片手に持ったまま政宗が顔を出した。
「政宗・・・?」
息切れしていた事を忘れるくらいの衝撃を受けて、これ以上ないくらい驚いた顔で固まってしまっていたらしい。
政宗は、端からみたらおかしいだろう小十郎の様子にも、笑い出すことなく寧ろ心配して体に手を触れてきた。
「小十郎、どうかしたのか?」
佐助と政宗の奥には、幸村もこちらに向かって歩いてきていて、「片倉殿!」と、これまた人懐こい笑みを浮かべている。
部屋の真ん中にはもくもくと湯気をたてた鍋があり、周りには各々の小皿が並べられていた。
「・・・片倉センセ、メールみてから来てくれたんじゃないの??」
そこで、何の感情もない動作でポケットに入れていた自分の携帯を取り出すと、佐助からの新着メールが光っていたのだった。
**********
「それにしても伊達ちゃんさーこのあっつい中、鍋食べたいとか、どういう感覚してんのさ?まあ、反対はしなかったけど」
「Shut up!いいじゃねぇか・・・」
今、小十郎を含めた四人は鍋を囲んでいた。
小十郎には、何故政宗が鍋を食べたがったのか分かる気がする。
実家にいた頃から食卓を囲む事がなかった政宗は、大方大勢で食べるご飯といえば鍋と連想して、食べたくなったのだろう。
話は数十分前に戻る。
佐助のアパートにやってきた小十郎は、目の前の平和そのものの風景と政宗の心配顔から、とにかく平静を装いメールをそれとなく読んで話しをあわせたのだ。
『伊達ちゃんと鍋やろうって事になったんだけどイイよね?待ってるよ♪』
かいつまんだ内容はこんな感じだった。
気を利かせて、住所と、その周辺の地図にリンクしているURLが張り付いている。
「ああ・・・ちょっと散歩がてら、すぐ近くにいたんだ」
受信時間をみれば5分程度しかたっていなかった。
そりゃあ皆驚くだろう。
なりふり構わず走ってきたものだから、ポケットで携帯が震えていることにも気がつかなかったようだ。
「そうなの?まあいいや、狭いとこだけどドーゾ」
少しだけ含みをもったような笑みの佐助に促されて中に入った。
政宗はもう片方の手に持っていたらしい、氷の入ったグラスを小十郎の頬にあててくる。
「そんなに汗かいてまで走ってこなくても、ちゃんと待つつもりだったんだぜ?」
と困ったように笑った。
その時、安堵感から足元が崩れそうになるのを必死に堪えた。
懸念していたような深刻な事態ではないようである。
そして、大袈裟な物言いかもしれないが、一緒にいるならば何かあっても守ってやれると思った。
ここで、自分が妙な夢で寝惚けていたせいだと安易に片付けなかったのは、佐助の笑顔が何か“知っている”顔だったからだ。
「食わねぇのか?」
「あ?・・・ああ、ちょっとさっき運動しちまったから、なかなか汗がひかなくてな」
食卓の様子を探っていた為に、箸をもつ手が止まっていたようで、政宗が訊ねてくる。
「・・・やっぱ鍋は失敗だったな」
少しだけ拗ねたような顔になった政宗に、佐助と幸村の二人を前にどう声をかければよいかとあたふたと対応に困った。
「全くおアツイねぇ。ただでさえ暑い部屋の気温があがるから、続きは家帰ってからにしてよね」
「な!佐助、破廉恥なことを申すな!」
すぐさま佐助や幸村からの言葉があって、これはもしかしなくても政宗との関係が多少なりとも伝わっているのであろう。
「Shit!ひやかすんじゃねぇよ。小十郎と俺はそんなんじゃねぇ」
「!」
照れ隠しかとも思ったが、政宗の頬は少し染まっているものの、表情は至って真面目で、本気での訂正であった。
言いようのない衝撃が胸を貫いたが、苦笑いにとどめて無言を貫いた。
ただ、言葉もなにもでてこなかったからである。
「アレ、そうなの?俺様はてっきり〜」
後半はにやにやとして小十郎の様子を見てくる。
思わず、その瞳をギロリと睨みつけて、余計な詮索をするなという意思を伝える。
普通に考えれば、男同士なのだし体面上の否定など当たり前の事だと自分自身に言い聞かせ、心を落ち着けた。
そしてその後も軽い会話が続きながら、食後のゆったりとした時間が流れたが、このままにしていては拉致があかないとばかりに、小十郎は口を開いた。
「猿飛、一服いかねぇか」
**********
残される二人は不思議そうな顔をしていたが、仕事の話でもあるのだろうという解釈をしてくれたようで、テレビゲームを始める準備をしていた。
「こーわい顔してどうしたのさ?ちゃんと誘ったでショ?別に伊達ちゃんをとって喰おうなんて思ってないよ?」
「・・・・・・」
アパートの屋上にきた二人は少しの距離を保ちながらも向かい合っていた。
佐助は至極楽しそうである。
「その事は関係ねぇ」
固い表情のままに佐助を見据えると、やれやれといったような両手をあげるジェスチャーで返される。
「じゃあ、とうとう、記憶戻ったのかな?」
佐助から紡がれた言葉は、今までの違和感を決定的なものにするのには十分だった。
「お前、俺と政宗の、一体何なんだ?」
「やだなぁ。演技かと思ったけど、本当に記憶が戻ったわけじゃないんだね」
「記憶記憶っていうが、俺は記憶喪失になった覚えなんかはねぇが」
小十郎は返事をしつつも、ひとつの可能性を見出していた。
ただあまりにも現実離れしているからこそ、今までの価値観が邪魔をして認められないだけである。
「けど、薄々気付いてはいるんじゃない?俗に言う“前世”って奴をさ」
「!」
テレビなんかで聞く事はあっても日常生活では馴染みのないその言葉に、すんなり納得ができてしまう自分もいた。
あの夢。
確かに自分の体験した、本当にあった過去の出来事―――。
けれど、それが示している事とはつまり。
全くの無意識で佐助に向けて裏拳を繰り出していた。
「おっとぉ!二度目は喰らわないよ」
佐助の言う二度目が、ついこの間の事なのか、夢でみたあの時の事なのか、わからないまま次の攻撃を仕掛ける。
「わわ、ちょっとタンマ。今の世で傷害とか人殺しなんて洒落になってないでしょうが」
小十郎の手の届かないところまで距離をあけて佐助が苦笑いした。
「じゃあ、お前は何が目的だ。なぜ政宗につきまとう?返答次第じゃ、殺さない程度の痛い目にあうくらいは覚悟するんだな」
「全く手厳しいのも相変わらず」
その時、背後でガタガタ、と何かが崩れるような音がした。