夏休みもあと僅か。
もう少ししたら新学期が始まる。
政宗は学校が好きでも嫌いでもない。
今までは、他人と距離を置かなければならないという観念でいた為に、面倒くさい場所、くらいにしか思っていなかった。
今までは、自分の特異な身体のせいで、母親を精神的に追い詰め気をおかしくしてしまったのだという罪悪感から、自分ばかりが何不自由ない生活を送る事に抵抗を感じていた。
けれど、自分を殺し家に閉じ込もりがちな政宗を、外に連れ出してくれたのは他ならぬ小十郎だ。
そしてとうとう“家”から、“母”から離れる決意をした。
始めは戸惑いも多く、この決断が正しいのかわからなかったが、こまめに連絡をくれる成実によると、最近の母親は穏やかにしている事が増えたという。
実の親子としては悲しい事ではあるが、母親の心労の大元である自分が離れる事で、病気が軽くなり穏やかに暮らせるというのならば、それで良かった。
小十郎と暮らして、今まで身に纏っていた厚い殻がどんどん薄くなっていくのを感じる。
他人と接する事に抵抗を感じなくなってきたのだ。
新しい気持ちになってから登校する“学校”はどんなものだろうか?
「政宗殿の番でござる」
物思いに耽っていると、すぐ横から幸村が覗きこんでいた。
「・・・あ。ワリ」
政宗は手元にあるコントローラーを操ってサイコロの目をふる。
『怪しげな薬を飲んだ!体調を崩して1回休み』
「Ah?なんだソレ!怪しいなら飲むな!!」
「好機!すぐに追い越してみせましょうぞ!!」
政宗と幸村は、さほど大きくないテレビ画面に向かって、今日もまた“勝負事”をしていた。
夏休みももう僅かという夏の午後、幸村と佐助が暮らしているアパートに遊びにきている。
前にこの二人が政宗達のマンションに遊びに来て以来、幸村とはちょくちょく遊んでいるのだ。
性格も似ておらずタイプも違うのだが、お互いなんでも“勝負”をしないと気が済まない、という共通の性質を持っているせいで、お互いの同居人が仕事の時は一緒に遊ぶ事が増えた。
「政宗殿!3時でござる!」
「All
right、お楽しみの時間か」
ゲームをポーズ画面にすると、幸村は軽い足取りで台所に向かう。
そして戻ってきた手に持っていたものは、団子だった。
「またソレかよ。好きだな、あんた」
「また、ではござらぬ!これは初めて食べる店の団子で、佐助が昨日の晩に買ってきたものでござる」
幸村は、無類の団子好きで、三色、ミタラシ、ゴマに餡子と何でも食べる。
政宗も、用意された団子を口に運びながら、ふと前から思っていた疑問を口にした。
「なあ、あんたは、なんでそんな変わった話し方なんだ?」
「・・・・・・うう、それは・・・」
珍しく、言い淀む幸村に、立ち入ってはいけない事だったのかと小首を傾げた。
「言いたくなきゃいいぜ」
「いえ・・・親友の政宗殿にならば・・・」
親友という位置づけになっていた事に少なからず驚いて、目を丸くした。
今まで散々人を遠ざけていたので、友達もまともにいない政宗からしたら、くすぐったいような気分である。
「佐助には・・・大切な人がいたのでござる」
「・・・?」
話がみえず、思わず怪訝な顔をしてしまう。
幸村は、言い始めこそ躊躇っている様子だったが、一度言葉にすると、嬉しそうにするすると話しはじめた。
佐助はその大切な人と離れ離れになってしまったのだが、幸村にだけは“その人”の話を教えてくれたこと。
小さい頃から聞いていた“その人”の話し口調が、自然と身についてしまったのだということ。
「なんだそりゃ?」
政宗は、幸村の説明をすんなり聞く事ができなかった。
「佐助は、この口調でいるとひどく嬉しそうにするものであるから」
「・・・・・・」
「幼心に、佐助の喜ぶ顔が見たくて真似てみたものだが、今ではこれが某の話し方ゆえ、普通に話す方が難しいのでござる」
それでは、まるで幸村は“その人”の身代わりを、自ら買ってでているようなものではないか。
佐助は、幸村に“その人”を重ねて見ているという可能性だって考えられる。
当人同士がそれで良いならば口を挟む事ではないが、どうにも腑に落ちない顔で政宗は問いかけた。
「なあ、あんたはそれでいいのか?」
「勿論でござる」
普段はどこか間が抜けて天然な幸村にも、政宗の言わんとする事は想像がついているようで、曇りのない笑顔で返された。
「その人は、過去の、某の事なのだそうだ」
「・・・What?」
「政宗殿は、前世というものを信じておりますか?」
「・・・前世、だ?」
いよいよ話が妙な方向になってきた。
呆気にとられていたが、何故か不意に、時々見るあの夢の事が頭に浮かんだ。
前世というものがあるならば、あの夢のような感じなのだろうか?
「某には、正直わからぬのでござる。己の体験した事ではないゆえ・・・けれど、佐助が言うのならば、間違いはないと信じておりまする」
今共に暮らしている幸村が前世の大切な人―――あの飄々としたイメージの佐助からは想像もつかないロマンチストな発想だと思った。
「あ。失念しておりましたが、そういえば佐助は、政宗殿と片倉先生についても・・・」
そう幸村が言いかけたところで、玄関をガチャリと入ってくる人影があった。
「あ、伊達ちゃん、きてたんだ。いらっしゃい!」
話しこんでいて気付かなかったが、窓の外はすっかりオレンジ色に染まり、学校から帰ってきた佐助は二人に向かってニコリと人懐っこい笑みを覗かせた。