季節的には珍しく、涼しい風の吹いた過ごしやすい夜となった。
熱帯夜よりは有難い事だが、今の政宗との気まずい状態を思うと、余計体感温度が下がっているように感じる。
佐助と幸村は、今夜久し振りに訪ねてくるという、幸村の父親との夕飯があると言って慌しく帰っていった。
帰り際の幸村は、紅潮した頬に瞳をきらきらとさせて、身体こそ高校生の体格だというのに、少年のような顔になっていた。
そこでまた、子犬みたいな奴だ、と思いながら見ていたら、政宗と目があってギクリと心臓が飛び跳ねた。
先程幸村の頭を撫でていた時に見た、政宗の鋭い目つきが頭をよぎったのだ。
小十郎は顔つきが物騒なせいか大抵の人には怖がられるが、動物や動物っぽい人々には何故か好かれやすい。
そして、懐いてこられるとつい世話をやいてしまう一面もあるのだ。
「片倉殿!!また遊びに来てもよろしいですか?」
尻尾が生えていたなら、思い切り振っているのだろうという表情で幸村が言った言葉に、
つい、「いつでも来い」と言ってしまった。
そして今に至るのだ。
小十郎は、政宗と二人でいる時に初めて“気まずさ”を感じていた。
―――参った・・・何てフォローすればいいんだ
そもそも、何かやましい事をしたわけでもないし、政宗から何か言われたわけでもない。
何を取り繕うべきなのかわからない。
どうしたものか、と手洗いから戻って居間に行くと、寝間着として使っている例のショートパンツに着替えた政宗は、ソファに身を横たえてテレビを見ていた。
尻尾を揺らすと尻が見える、あのショートパンツだ。
そこで気がついた。
あの二人がもう帰って、寛いだ服装に着替えたというのに、耳も尾も出していない。
不意に不安に駆られた。
自意識過剰かもしれないが、あの耳は政宗が自分に恋をしてくれてから制御が難しくなったものだと思う。
照れたり、動揺したり、恥ずかしくなったり。
そういう時には耳を引っ込める事ができない様子だった。
今はそういう雰囲気ではないのだからどうという事はないのだが、やはり寂しく感じる。
「・・・政宗。夕飯何か食べに行くか?」
「ん?ああ・・・そうだなあ・・・・・・No、駄目だな。今朝生肉とか買ってきちまってるし、できれば今日使いてぇ」
あの二人が帰ってから初めて会話をするので、躊躇いながら声をかけたが、返ってきた反応は至って普通だった。
「簡単なもの、パッと作っちまうか」
そう言って身体を起こした政宗を思わず制した。
「いや、たまには俺が準備する。そのまま寛いでろ」
「ん。Thanks」
政宗は短く返答をすると、また元の体勢に戻ってテレビの画面の方を向いた。
とりあえずは、ほっとする。
先程の目つきからして相当怒っているかと思ったが、声音は至って普通だった。
―――政宗だってもう子供じゃねえんだしな
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小十郎が腕をふるった夕飯が完成し、二人はリビングで黙々と食べていた。
目の前の政宗はというと、寝起きのような仏頂面である。
「・・・不味いか?」
「美味い」
「・・・・・・そうか」
小十郎の頭は混乱していた。
夕飯を作る前までは、拍子抜けするくらい普段通りの政宗だったというのに、何故だか料理を出した時にはもうこの様子だった。
―――って事は真田の事じゃなくて、その後になんか気に障る事したか??
「・・・もう寝る」
気がつくと、食べ終わった皿を流しに運んだ政宗は部屋に向かおうとしていた。
「?食べたばっかりだろう?消化に良くな・・・」
「触んな!」
「っ!」
政宗の手首に触れかけるとすごい勢いで手をはねのけられた。
「・・・悪ぃ」
小さく謝って、ふい、と顔をそらした政宗は、怒りだしそうな泣き出しそうな、なんとも言い難い表情をしていて、小十郎ははたかれた手で再び強く手首を掴む。
「・・・っ触んなって・・・」
「断る」
「Ha?」
そのまま部屋の壁に手首を押さえつけた。