「っ痛ぇ・・・っ」
「政宗・・・」
「離せよ」
「・・・」
好いた相手からの否定の言葉というのは、なんと胸に痛いことか。
小十郎は眉間に深く皺を刻んで、政宗の口から紡がれる刃の如く言葉を、塞いだ。
「ん・・・っ」
突然口を塞がれて、政宗は目を見開いて暴れだした。
ぎり、と小十郎の髪を引っ張ってくる。
その痛みに顔を歪めながらも、一層深く唇を重ね合わせた。
思いが注ぎ込まれればいい、そう願って。
「っ!」
じわりと、鉄の味が広がった。
政宗に噛み切られたのだ。
唇がちりちりと痛む。
けれどそれよりも胸が痛かった。
今は馴れ合いたくない、そう全身で訴えていた政宗に無理矢理口付けをして拒まれた。
そっと顔を離し、怒りに震えた政宗を見やる。
だが、目が合うとすぐに、政宗の顔は驚いた表情に変わっていった。
「こ、じゅうろう・・・」
「・・・?」
「・・・・・・」
そして、おずおずと背中に腕を回してきた。
「政宗・・・」
「お前がそんな顔してんじゃねぇ・・・」
よほど情けない顔をしていたのか、政宗は刺々しい態度を解いて背中をさすってくる。
そこでようやく、小十郎も胸の中の政宗を抱きしめた。
「そんなに・・・情けない顔してたか・・・?」
「ああ、すげえ情けねぇ顔だ。・・・・・・傷つけたんだろ?俺・・・悪ぃ」
「いや、そもそも俺が鈍いせいなんだろう」
政宗が機嫌を損ねた原因をわかってやれなかった。
ただ様子を窺っていただけで、聞く事すらできなかった。
「お前を傷つけたって思ったら、胸が痛ぇ・・・」
肩口に顔を埋めていた政宗がくぐもった声で伝えてくる。
同じように胸を痛めてくれる事に、心が温まった。
政宗の頭に手を添えたまま、もう片方の手で、優しく政宗の胸をさすってみる。
「くす、ぐってぇ」
「痛いんだろう?」
「・・・ん。痛ぇな」
すると、さすさす、と政宗の手も小十郎の胸をさすり始めた。
「く、くすぐったいな、確かに」
「だろ?」
そう言いながらも、しばらく互いにさすり合っていた。
政宗の手が、本当に先程痛んだ胸の辺りを撫でてくれていて、苦しい痛みとはまた違った痛みに変えられていくようだった。
甘いようなせつないような温かいような・・・。
「あ」
「ん?」
政宗が今思い出した、というように顔を上げて、ぺろりと舌を出して唇を舐めてきた。
「あ」
それで気がついた。
温かい舌が触れた事で、ぴり、と痛んだ唇。
先程政宗に噛みつかれたところだ。
「小十郎、悪かったな。痛むか?」
「いや、大丈夫だ」
そう口にした時には自然と口元が緩んでしまう。
すると、心配そうにしていた政宗も表情を和らげた。
「・・・俺、餓鬼みてぇだな。嫉妬・・・しちまって」
「嫉妬・・・真田にか?」
やはり、あの時あれほど鋭い目つきをしていたのだから、気にしていないはずはなかっただろう。
やましい気持ちがなくともフォローをすれば良かった。
「あんな風に優しい顔して撫でてやがるから・・・」
「優しい顔?」
思い出すようにして頭を巡らせて、ある事に気付く。
「ああ、それは・・・政宗の事を考えていたからだな・・・」
「Ah?俺?」
驚きつつ、訝しげな視線を投げてくる。
「本当だ。政宗とタイプが随分違うなと思ったら、色々お前の事を考えてにやついちまってたんだと思うが・・・
そもそも撫でていたのは犬みてぇな奴だなって思っていただけで・・・」
目の前の人物を撫でながら、考えていたのはお前の事だ。なんて言い訳にしか聞こえないだろう。
どう説明したものか、と難しい顔をしていると、ふ、と政宗が笑った。
「All right、信じるぜ」
あっさりそう言い放つと、また小刻みに肩を揺らして笑い始めた。
「政宗?」
「いや、悪ぃ・・・なんつうか、お前もどっちかってぇと最近犬っぽいぜ?」
心を許していないものには威厳のある態度をしているくせに、政宗の前ではいつもの気難しい顔はどこへやらで、表情もわかりやすい。
政宗の言葉や態度に一喜一憂している様子が伝わったようで、不器用な説明もすんなり受け入れ信じてくれた。
「・・・年上をからかうな・・・」
照れ隠しに溜息をつきながら、軽々と政宗の身体を持ち上げた。