幸村、政宗、佐助と順番にシャワーを使わせて、小十郎は一番最後に風呂場に入った。
政宗の手前、格好悪いところなど見せられまいと張り切りすぎたせいか、筋肉が少し熱を持っている。
最近は忙しさにかまけて身体を動かす機会がなく、運動不足は否めない。
早朝にランニングでもするか、とこっそり思っていた。
タオルで髪の水気を拭いながら居間にいくと、佐助が腕組みをして立ち尽くしている。
「どうした」
声をかければ、しー、と口元に指をあてて目配せしてくる。
そして佐助の視線に促されるように見れば、ソファに並んで腰掛けている政宗と幸村の寝顔が目にとびこんできた。
二人とも、眠っているせいか普段よりも幼くみえる。
そんな二人が頭を寄せ合うようにして眠り込んでしまっている姿は、端から見れば微笑ましいものであろう。
けれど。
小十郎は、ざわり、と胸の中でなにかが蠢いているのを感じていた。
「俺らなんかよりもずっと身体動かしてたからね。シャワー浴びたら二人ともあっという間にうたた寝はじめちゃったよ」
佐助の言葉を聞き流しながら、冷静を装いつつその二人から目を逸らした。
「・・・なんか飲むか?」
「いや、さっき伊達ちゃんが風呂上りにって麦茶つくってくれたの飲ませてもらったよ」
「そうか」
その場から離れたくて、冷蔵庫のあるキッチンへと向かう。
自分の余裕のなさに愕然としていた。
こんな事でうろたえるなんて。
本当は初めから違和感があったのだ。
今まで二人きりで過ごしてきたから、他人と接する政宗をほとんど見る機会がなかったせいで、思ったよりもずっと社交的だった政宗を見て、複雑な気持ちになったのだ。
自分では、自身の事を分別のついた大人だと思っていたが、少なくとも政宗の前ではそうではないらしい。
「ねえ。片倉せんせ?」
びくり、と驚いて少し肩が揺れてしまう。
居間に残ったと思った佐助は、いつの間にかキッチンまでついてきていたようだ。
気配を全く感じなかったというのに、振り向いたら15センチと開かない距離に佐助の顔があった。
「っ!!」
あまりの唐突な出来事に、息を詰めて動けずにいた。
「ねえ、演技じゃ・・・ないよね?」
冷たい声音にぞくりと悪寒が走る。
目の前の佐助は、今まで知っていた佐助ではない、とそう感じた。
温度の感じられない表情に、どこまでも奥を覗き込もうとする闇をたたえた瞳。
呑み込まれるような錯覚に、思い切り佐助の肩を弾いて距離をとった。
「・・・痛っ」
「・・・お前、一体・・・?」
避け切れなかった佐助が肩を押さえてよろめく。
「てて、ひっどいな〜片倉せんせ。馬鹿力は相変わらずだね」
「・・・・・・」
顔をあげた佐助は、いつもの佐助だった。
けれど得体のしれない不信感が募る。
“相変わらず”佐助は確かにそう言った。
佐助に対して強く触れた事など今が初めてであるし、話が噛みあわない。
「お前、俺を誰か他の奴と勘違いしてないか?」
他に考えられず、そう問いかけていた。
「佐助?」
扉のない居間とキッチンの間に顔をだしたのは幸村だった。
「あれ〜旦那、起きたの?」
「ああ。すまぬ。つい眠ってしまっていた」
少しばつが悪そうに幸村は頭を掻いている。
「伊達ちゃんも起きた〜?」
「うむ、某は政宗殿に起こしてもらったのだ」
ふーん、そっか、と言いながら、佐助は一足先に居間へ戻っていった。
話の腰を折られてスッキリしない顔でいると、幸村がじっと見詰めてくる。
「・・・どうした?」
「いえ、その・・・佐助が何か無礼な事でも致しましたか?」
少し声を荒げてしまったのが聞こえたのだろう、思いつめた表情でおずおずと聞いてきた。
「いや、大した事ねぇ。騒がしくして悪かったな。お互いの勘違いだ」
一回り近くも年下の幸村に心配をさせるとは、大人げないと頭が冷えてきた。
さっきは政宗と幸村が並んでうたた寝をしている姿に嫉妬のようなものを感じたが、それも突然の事に動揺したせいだろう。
冷静な頭ではなかっただけのこと。
佐助に関しても、突然豹変したように感じたのは、自分の心が乱れて神経質になっていたせいかもしれない。
思い過ごし。そう考えたら不信感は少し和らいだ。
いずれにせよ、人違いかなにかはわからないが、佐助が誤解している事があるのは確かのようである。
今度仕事帰りにでもゆっくり話をしてみるか、と思った。
思いに耽って気難しい顔をしていたようで、目の前の幸村は小十郎の次の言葉を待つように佇んでいた。
ぽん、と、幸村の頭に触れて、くしゃくしゃとかき混ぜる。
「わわ。片倉殿・・・っ」
そうやって触れられる事に慣れていないのか、幸村は困ったように顔を赤くしていた。
政宗の一つ下だという幸村は、タイプがまるで違う。
何事にも一生懸命で素直、猪突猛進。
感情も手にとるようにわかる、典型的な元気が取り得、といったタイプだろう。
人懐っこそうな奴だな、とちらりとそう思った。
特に深い意味もなく、目の前の明るい茶色の髪の毛を撫でたまま、無意識に政宗と比べる。
政宗はそこそこ社交性を持ち合わせているようだが、誰にでも人懐こいという印象ではないな、と思いながら自然と頬が緩んだ。
自分には心を許してくれている、という自負があったからである。
ふと、幸村の肩の向こうに、ゆらりと政宗の姿がみえた。
見た事もないくらい目つきの悪い表情である。
「片倉殿・・・?」
先程まで、されるがままに小十郎に撫でられていた幸村は、その手がびくりと止まったので不思議そうに顔を上げた。
その瞳は政宗のスッとした切れ長の瞳と違い、警戒心を感じさせない丸い瞳。
どこか犬を連想させる。
他意はなかった。
小動物を撫でているような気持ちでいたし、決してやましい気持ちなどなかったというのに、完全に政宗に誤解をされた。
背中を、つうっと嫌な汗が流れる。
政宗は、ふい、と視線をはずしてこちらに背中を向けてしまった。
一大事を起こした。
小十郎は、冷や水をかぶせられたような気分で、その場にうずくまりたくなった。