遠くの空に入道雲がのぞく、カラリと晴れた夏の日の午前中。
空調で調節された湿度の部屋は、比較的過ごしやすい。
小十郎は今までパソコンに向かっていた為に、血流を促すべく大きな伸びをした。
「ただいまー」
玄関の開く音と、間もなく聞こえてくる声。
最近ようやく照れずに言ってくれるようになった挨拶だ。
ガサゴソとスーパーの袋を抱えた政宗が帰ってきた。
「おかえり」
すぐに玄関まで迎えに行く。
すっかり政宗にメロメロの小十郎は、何かやり途中の事があっても出迎え・見送りはかかさない。
といっても、まだ学校も始まっていないし、近所に友人がいるわけでもない政宗が出掛けるのは近所のスーパーくらいなのだが。
「今日はそれだけか?」
いつも二つか三つの袋で買い溜めをしてくる政宗が持っていたのは一つだけ。
「ああ、それがさ」
政宗が振り返るようにすると、閉まりきっていなかった玄関が再び開き、見慣れた人物が立っていた。
「どーも」
にかりと笑った明るいオレンジの髪の青年は同僚の佐助で、スーパーの袋を両手にひとつずつ持っている。
小十郎は、先程までの締まりのない口元を真一文字に引き締めた。
「何故お前がここにいる」
「そう睨まないでよ〜遊びにくる約束、忘れちゃったの?」
佐助が苦笑いをして頭を掻いている。
「今日来るとは聞いてないぞ」
一見素っ気ない態度だが、本来小十郎はこれくらいの態度が普通であって、政宗だけが異例なのだ。
佐助が嫌いなわけではない。
「スーパーの前で偶然会ってよ。荷物持ちやってくれるっつうから」
政宗が簡単に説明した。
「これからうちのチビさんと待ち合わせしてるんだけど、まだ時間が余ってたからお手伝いしてあげたってわけ」
「待ち合わせ?外でか?」
佐助の言う“うちのチビさん”というのは、同居人だったはずだ。
待ち合わせ、という単語に違和感を覚える。
「うん。元気が有り余ってるからさ、習い事行かせてるんだ。その帰りに待ち合わせ」
「意外と面倒見がいいんだな」
驚いたように言った政宗の言葉は一見失礼だが、本当に感心して言っている言葉だとわかる。
「まーね。親代わりみたいなもんだし?」
にっ、と佐助が歯を覗かせた。
「時間まであがってったらどうだ?小十郎、いいんだろ?」
政宗にそう言われたら、ああ、と了承の返事をするしかなかった。
「アイスレモネード、飲めるか?」
政宗が冷蔵庫から持ってきたのは、容器にいれてある手作りのレモネードだった。
「・・・伊達ちゃん、意外に家庭的なんだね」
「うるせぇ」
すっかり打ち解けた二人は、仲の良い年の近い友人のようにも見える。
佐助は、政宗がスーパーで買い物をする様子も隣で見ていたらしく、それを得意気に小十郎に報告してきた。
「・・・政宗が家庭的な事はよく知ってる」
むす、とした顔で呟くと、佐助が笑いをこらえるような変な顔をしていて、余計に腹立たしくなる。
「あ。ちょっと失礼」
突然佐助がポケットに入れていた携帯を取り出すと、カチカチとせわしなくボタンを打ち込んだ。
「チビからメールか?」
「そそ。今終わったって。空手」
政宗が問いかけると、佐助は携帯を握ったまま嬉しそうな顔で答える。
いつも飄々として本心を見せないような印象の佐助の、純粋な笑顔。
よっぽどその“チビさん”を可愛がってんだな、と思ったら、佐助に対するイメージが少し変わった。
「ねね、元々連れて遊びにくる予定だったんだしさ、これからここに呼んでもいい?」
次に見せた顔は、いつものからかいを含んだような笑顔だった。
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キッチンからは、食欲を刺激されるような良い匂いが充満している。
政宗はフライパンでじゅうじゅうと規則正しい音をたてながら料理をしていた。
「ん〜いい匂い!悪いねぇ、伊達ちゃん!昼飯作ってくれるなんて!」
居間から、佐助が感嘆の声をあげる。
「もう出来るぜ」
手際よく料理をしあげて皿に盛る作業をしていると、ピンポーン・・・と間延びしたチャイムが鳴った。
「いいタイミングだな」
と、小十郎が腰を浮かせてインターフォンの画面の前に行く。
「・・・?」
一瞬言葉を詰まらせた小十郎にお構いなしに、その肩口から佐助が顔を覗かせて、勝手に通話ボタンを押した。
「あ〜旦那―。今開けるから」
「うむ、待たせたな!佐助」