そして部屋を訪れたのは、“チビさん”という言葉からかけ離れた、政宗と同じ年くらいの青年だった。


それに一番衝撃を受けたのは政宗だった。


「・・・!猿飛、今日は、ガキがくるんじゃなかったのかよ?」

「へ?そんな事一言も言ってないけど?」


とぼけた口調で佐助が笑う。


すると、玄関先で挨拶のお預けをくらった状態の青年が口を開いた。


「ガキではござらぬ!某、真田幸村と申す!」


真っ赤なラインの入ったノースリーブのフードパーカーを着た青年は、随分時代錯誤な話し方をする。


「・・・伊達政宗だ」


佐助の時同様、条件反射か、名乗られたら律儀に返答する政宗がいた。


「ああ、チビさん、てのは昔からの口癖でね」


佐助がそんな二人のやり取りを見て笑いをこらえながら説明した。


「共に暮らすようになってから10年程たつ。いつも佐助には感謝している」

「旦那―やめてよ、改まったりして」


「旦那・・・ってのは?」


佐助が幸村に対して呼んでいる呼び名に違和感を持ち、今の今まで黙っていた小十郎が口を開いた。


「貴方が片倉先生でございますか。常々佐助から話を聞いております!」


一体何を話してんだこのヤロウ、という視線を佐助になげつつも、続きを促すように黙って見詰めた。


「まあまあ、積もる話は伊達ちゃんの手料理食べながらにしようよ!」


話を誤魔化すかのように、佐助はもっともらしい提案をした。



「Stop!ちょっと失敗した!準備しなおすからまだ入るんじゃ・・・」


一同がぞろぞろと玄関から居間に向かう途中で、政宗が思い出したように慌てて叫んだ。


「へ?失敗って?料理?? 美味そうな匂いしてるし、問題ないでしょ?」


佐助は思ったより素早く移動していたようで、既に扉に手をかけている。


政宗は先程玄関に向かう前に出来上がった料理を並べたようで、居間には昼食の準備が整っていた。


突然の来客の為に作った料理としては、立派すぎるほどのものである。

ただ―――随分と可愛らしい料理だった。



「・・・Shit・・・」


政宗は額に手をあてるようにして呻いた。


料理に名前をつけるならば、

ふわふわ玉子のひよこちゃんオムライス。
コロコロ野菜のコンソメスープ。
ミニミニチーズハンバーガー。


食卓には色とりどりの、お子様ランチのような可愛らしい料理が並んでいる。


佐助が、ぶは!と吹き出すと、腹を抱えて笑い始めた。


「す、ご。ほんとに、家庭、的だね、だて、ちゃ・・・っすご、い可愛、い・・・っ」


呼吸困難になりながら褒められても、政宗の眉間には皺が寄るばかりである。


「うるせぇ・・・お前が誤解を招くような呼び方してたせいだろうが」


膨れっ面をしながら顔を赤くしている政宗に、小十郎も無言で口元を押さえて顔を逸らした。


「あ・・・ってめ、小十郎まで・・・っ!」


口を塞いでも、喉がくくっと鳴ってしまう。


だが、一人、真剣に目を輝かせている人物がいた。


「ま、政宗殿。これはもしや某の為に・・・?」


殿呼ばわりとはますます幸村の言葉遣いに疑問を覚えるが、政宗はそれどころではない。


「・・・こいつが、チビっていうから餓鬼がくると思ってたんだよ・・・」


政宗が、悪ぃか、とじろりと睨んでも、幸村は口元から笑みを広げていく。


「このような手厚い待遇を・・・有難うございまする・・・!なんとお礼を言ったらいいか・・・!」


幸村は年頃にしては珍しく、擦れていない純粋で実直な性格らしい。


感謝の言葉を伝えられた政宗は目を丸くしていたが、笑い飛ばされたりしなかっただけ気分は良くなったようだ。


その二人のやり取りに、子供を持った親の気持ちに似たものをうっすらと感じてしまった小十郎は慌てて首を振った。


政宗は自分の子供ではない。

恋人である。

そこは揺るぎのない事実であり決定事項だ。



幸村の人柄のおかげか、その場はまるく収まり、気を取り直して食卓を囲むことになった。

居間の机いっぱいに並べた料理の前に、各々クッションを敷いた床に座り込む。


「政宗殿!このハンバーガー、美味いでござる!!」


色とりどりのピックを刺したミニサイズのハンバーガーを指差して、幸村がはしゃいでいる。


「Ha!だろ?中のハンバーグは手作りだからな。冷凍しといたやつだけどよ」

「おお!このオムライスふわふわでござるあああ」

「ここをナイフで切ってやると面白えんだぜ」


政宗がす、と横一文字にナイフでなぞると、柔らかい曲線のまま固まっていた玉子の中から半熟状の玉子が顔をだした。


「おおおお!政宗殿は誠素晴らしき料理人でござるな!!」

「Ah?別に料理人じゃねえよ、単なる趣味だ」


「伊達ちゃん、玉子の焼き加減も凄いけど、ひよこの顔が可愛い」


二人のやりとりに口を挟むように佐助が指差す。


オムライスはケチャップで目とくちばしが描かれていたのだ。

ぷっくりとした楕円形のそれは、両端にいくにつれて細くなっている部分を羽に模しているらしい。


幸村のオムライスは既に端を食べたりナイフを入れたりで跡形もなかったが、佐助はまだ手をつけていなかったようで、そのひよこを携帯で写真に収めていた。


「ちょ、なに写メってやがる」

「いいじゃん。思い出思い出!」


小十郎も目の前の可愛いひよこの顔を崩さないように注意しながら慎重に食べ、まだ半分以上原形を保ったままである。


だが、三人の賑やかで楽しげな様子を眺めながらも、小十郎は内心別の事を考えていた。


政宗はこんなによく話をする方だっただろうか?と。

いつもと様子の違う政宗に驚いていたのだ。





男四人も集まれば、料理を平らげるのはあっという間である。


腹を満足そうにさすっている幸村の横で、佐助が先程の話の続きを始めた。


二人は親戚同士であると聞いていたが、実はそれは世間一般上の建て前だったらしく、実際は血の繋がりのない赤の他人なのだそうだ。


「俺の恩師の子供が、このチビさん、てわけ」


もうおちびさんではないぞ!と幸村が横槍をいれるが、気にしない様子で続ける。


「恩師はそれはもう立派な人なんだけど凄く忙しい人だから、俺がおちびさんと一緒に暮らすよ、って言ったんだ。
 で、恩師を“旦那”って呼んでたから、それがうつっちゃって、おちびさんの事も“旦那”って呼んでるんだよね」


不思議な呼び方に疑問を感じて聞いただけだったのに、随分プライベートな話までさせてしまった、と小十郎は少し後悔していた。


「そうか、立ち入った事聞いちまって悪かったな」

「いえいえ。ま、普通に考えて違和感ある呼び方だよね」


特に気にする風でもない佐助はあっけらかんとしている。

政宗は幸村の事が気にかかったようでその横顔を見詰めていた。


詳しい事情は知らないが、親と離れて他人と暮らす幸村に、自分の境遇を重ねているのかもしれなかった。


「某は―――」


不意に凛とした声がする。


「父上の事をこの世で一番、尊敬しておりまする」


幸村の発した言葉は迷いがなく潔くて、隣にいた佐助も、初めからそう言う事がわかっていたような顔をしていた。


この二人の間には、強く固い絆があるのだろう、と感じずにはいられなかった。





**********


「Hey、真田!先に10point入れた方の勝ちだ。understand?」

「受けてたちまするあ!」


四人は、いよいよ保護者と子供達の間柄になってしまったのか、近所の公園に来ていた。

大きな子供達は、設置されているバスケットゴールを前に対決を始めている。


「いやーのどかだねぇ」


団扇を片手に扇ぎながら、佐助は二人を見て呟いた。

夏のよく晴れた日の割に、程よく風も吹いていて日陰は過ごしやすかった。


「まさかお前と休日を過ごす事になるとはな」


小十郎も二人から目を離さないまま答えた。


「えー?元々約束してたでしょ?だから俺は想像してたよ?」


佐助と仕事以外の事でゆっくり話すのは、初めてである。

仕事の合間にいつも一方的にからかってきたり聞いてきたりしてくるが、あまり取り合わないので会話が長く脱線する事はないからだ。


時間をさほど気にする事なく休みの公園のベンチで座っている、というのどかさから、小十郎はかねてから感じていた疑問を聞いてみたくなる。


「お前は、どうして俺や政宗に興味をもつんだ?」


年の離れた男同士で同居なんて始めたら詮索したくなるものかもしれないが、佐助に関しては政宗と出会う前からそういう傾向を感じていた。


「んー?そうだね。まあ、運命のヒト、だからかな」

「・・・あ?」


聞きなれない妙な単語を聞いた、と思い顔をしかめて佐助を見やると、素早い動きで立ち上がって政宗達の方に歩いて行く。


何回勝負すれば気が済むのよーと間延びした声はいつもの佐助だが、先程一瞬見えた横顔は別人のようだった。


その顔が険しいものなのか、温度を感じない無機質なものなのか、それとも深い愛情なのか。

或いは全てないまぜになった感情なのか。


全く読み取れない。



結局、佐助の言った事の真意を聞くことはできなかった。




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