ガチャリ。
マンションの部屋に入り靴を脱いでいると、政宗が奥からペタペタと足音をたてて出迎えてくれた。
「Ah―お帰り、小十郎。早かったな」
「ただいま・・・」
政宗がごく普通な態度でいたので拍子抜けする。
更に、Ha!と首を振るようにして少し笑った。
「やっぱ慣れねぇな。今まであんまりしたコトなかったしよ」
「・・・?」
「こういう挨拶だ。けど、悪い気はしねぇ。・・・・・・どっちかってぇと・・・」
「???」
「・・・うれし・・・ぃ・・・ぜ・・・?」
政宗の頬は少し赤みがさして、語尾は消え入りそうなくらい小さな声だった。
「・・・まさ、むね?」
ふい、と背中を向けるが耳も僅かに赤い。
「な、なんでもねぇ!・・・俺夕飯作ってるトコだから続きを片付けちまわねえと」
そう言うと、なかば逃げるようにして台所に歩いていく。
だが、後で改まって話しをするよりもこの和やかな状態のまましたかった。
「政宗・・・その前に、話をしてぇんだが」
咄嗟に政宗の手首をとって、そう言っていた。
「・・・駄目だ」
「え?」
「話をするなら、俺が・・・俺が先に話したい」
「政宗・・・?」
目に飛び込んできたのは、ぶつかるようにかち合った政宗の瞳。
迫力に面食らいつつも、次の言葉を待った。
「俺は・・・お前にもどこか壁をつくっちまってた」
小十郎が掴んでいない方の手で、ぎゅ、とあいた手を握ってきたので、向かい合って手を繋ぎあうようになる。
「小十郎は俺を受け入れてくれたのに、心のどこかで見放されたらどうしようかってびびってた」
「見放すわけが・・・」
「いーから。黙って聞けよ・・・」
「・・・」
「でも、俺はお前にだけは、嘘の自分で接したくねぇんだ」
「!」
強い瞳の中に、ほんの僅かに揺れる不安を垣間見た気がする。
「単なる我儘になっちまうかもしれないんだけどよ・・・小十郎には、思ってる事とかちゃんと伝えてぇんだ」
「俺には我儘言ったって構わねぇぜ・・・?」
すると、政宗は少し逡巡したのちに決意をしたように顔を向けてきた。
「・・・・・・俺と、これからも一緒に居ろ、よ・・・」
「政宗・・・」
「もっと・・・触れてぇ。傍にいるのが当たり前みたいに」
尾を落ち着きなくゆらゆらと揺らして、けれどじっと小十郎の目を見詰めてきた。
恋愛面に関してはいつも意地っ張りでなかなか本音を言おうとしない政宗だが、今日は必死に言葉を紡ごうとしている。
気がついたら、政宗の腕を強く引いて腕に抱きしめていた。
「傍に、居てもいいのか?」
「おま、え・・・。人の話聞いてたか?俺が居てほしいって言ってんだ」
「・・・俺は、お前と一緒にいていいのかをずっと考えてた」
「なんで」
腕の中の政宗が見上げてくる。
「俺の浅はかな行動のせいで、お前は耳が引っ込まなくなっちまってるじゃねぇか・・・そんな目に合わせてる俺がお前の近くに居ても構わないのか?」
「〜〜〜だから・・・居ろ、って・・・第一これは俺の体質で、お前に非はねぇだろうが・・・」
少しむっとした顔で、けれどそれは照れているようにも見えた。
小十郎は、今回のすれ違いで柄にもなくナーバスになり、出て行くと言われるのではないかと不安に思っていた。
けれど、そんな不安は政宗の言葉で跡形もなく消えうせる。
恐らくは小十郎とのぎこちない距離を埋める為に気持ちを伝えてくれたのだろう。
そう思ったら愛おしくなって、抱きしめる腕に力がこもった。
「っこじゅうろ、痛ぇ」
「ああ」
「痛ぇってば・・・っ」
名残惜しく腕から解放する。
すまねぇ、と言って頬に触れた。
その言葉を耳にした政宗は、じっと見詰めてくる。
「やっぱりな。俺の耳のせいで、そういうの気にしてたんだな」
「やっぱりって・・・気がついてたのか」
「当然だろ? で?それだけか?」
「それだけってなんだ」
「お前はそれを気にして、最近ずっと変な態度だったのか?」
いつから気付かれていたのかわからないが、確かに、昨晩の夜に限らずここ数日政宗と距離を置いていたのだ。
政宗に近づけば抱きしめたくなるし、愛したくなる。
解決策もないままにまた身体を繋げる事はしたくなかったのだ。
「ああ・・・俺が抑えもきかずに抱いちまったせいだからな」
「ばーか!」
「な・・・っ」
「あの時・・・しないようなら、気持ち疑うぜ? 甲斐性なしがって殴ってやってるところだ」
「お前な・・・」
「でも、まあ。 だったらNo problem!だな。気持ちが変わったってんじゃねぇんだろ?」
「!」
歯を覗かせて晴れやかに笑う政宗につい見惚れてしまう。
「・・・気持ちが変わるなんて有り得ねぇ」
「小十郎」
「俺はお前を愛し「す、Stop!!!」
熱く見詰めていた小十郎の頬に、なぜだか拳がとんできた。
「そーいうのはっ、後で・・・言え」
「痛ぅ・・・」
眉を吊り上げて赤い顔をした政宗は、台所にぺたぺた逃げていく。
全くどうしてこうなるんだ?と小十郎は痛む頬をさすった。
少し遅れてリビングに入り台所を覗くと、政宗がテキパキと料理の続きにとりかかっていた。
ああ。
今は一緒にご飯を食べたいのか。
さっきはあのままいったら確実に押し倒してしまっていただろう。
なにせ、“もっと触れたい”なんて言ってくれるものだから。
熱を含んだ空気を感じ取って阻止されたのだと気付いて、思わず苦笑いしてしまった。
政宗が望むならお預けも悪くない。
振り回される事も、なんだか幸せなのだ。