ひろいこ・1






―――今日も遅くなっちまったな・・・

片倉小十郎は私立の高校教師で、今年は3年生の担任となった為に忙しい日々を送っていた。


男の独り暮らしだが、時間に余裕のある時はたまに料理をしたりもしている。

だがここの所残業続きで、もっぱらコンビニ弁当だ。


―――そろそろ弁当も飽きちまったな。


すぐ近所のコンビニに入ると、ついでにビールも2本レジへ持っていく。

今日は金曜で、同僚に居酒屋へ誘われたものの、来週以降に仕事を持ち越したくなくて断ったのだ。


遅くまで残ってようやく一区切りついたのだから、開放感が強い。


録画していた映画でも見ると有意義かもしれないな、などと考えながら歩いていると、自宅マンションのすぐ手前の角で思い切り人にぶつかってしまった。


「おっと・・・申し訳ない」


そこまでぼんやりと歩いていたわけではないし、相手が不自然に倒れ掛かってきた感じがした。


「は・・・あ、・・・」


細身の若者は心なしか息が荒い。


するとスローモーションのように細い身体は斜めに傾いでいったのだ。


「おい!」


咄嗟に手を出した小十郎の腕の中に、青年はするりと倒れこんできた。


―――軽いな


なんだかやけにそう感じた。





**********


「Thanks、片倉サン」

「いや。大事なくて良かったな」


先程の青年は、小十郎のマンションの部屋に居た。


倒れこんできた時、ただ一言


「メシ・・・」




消え入りそうな声で訴えられて。


どうにも放って置けずに、フラフラ力の入らない青年をどうにか自宅マンションに連れてきたのだ。


「今時空腹で倒れるなんざ・・・十分痩せてるが、まさかダイエットとかしてないだろうな?」

「No、まさか。ただちょっと・・・んー家族と折り合いが悪くってな」


「家出か?」


彼の名前は伊達政宗というそうだ。

眼帯をしている為片目が隠れているが、整った綺麗な顔をしている。

自分が教えている生徒と同年代にみえるから、恐らく高校生くらいだろう。


「あー、ちゃんと帰ってはいるぜ。ただ同じ食卓囲む程の仲ではないってだけだ」


だから面倒臭くて最近食べてなかったら、さっきは貧血みたいになっちまって。そうあっけらかんと説明された。


「他人の家庭環境にとやかく言うつもりはないが、面倒でも何か食べろ。身体を壊しちまうぞ」

「今度からはそーするよ。片倉サンみたいなお人好しはそうそういないしな」


おどけたような口調は憎めない人柄である事がわかるし、家族と折り合いが悪いというのは意外に思えた。

他人からは窺い知れぬ事情というものが、どこの家庭にもあることだろう。


「お礼は、今度する。弁当あんたのだったんだろ、食っちまって悪かったな」

「コンビニ弁当くらいで、礼なんて必要ねぇよ」


政宗は少し思案したのち、閃いたかのように目を輝かせた。


「そうだ!もう力湧いたし、なんか作ってやるよ、夕メシ!」

「は?」


「なんか、材料ある?冷蔵庫開けてもいい?」

「あ、ああ。構わないが」


政宗は許可を得ると、足取り軽くキッチンへ向かった。


すごく不思議な感じだ。

たったさっき出会ったばかりの、お互い名前しか知らないような間柄で、料理を作ってくれるとか、冷蔵庫をあけていいかとか。


世の中不思議な縁もあるもんだ。

そう考えながら、政宗の後を追ってキッチンへ行く。


「大したものは入ってないぞ」

「Ah―こんだけあれば十分。それなりのもの作ってやるよ。 お、ビールあるな!つまみにあうやつ作るから一緒に飲もうぜ」

「ああ」


未成年じゃねえのかと突っ込みたくもなったが、ごくごく自然に言うものだから普通に返事をしてしまった。


冷蔵庫から手早く目ぼしいものを取り出し、カウンターに並べている。

その姿を見て感心した。


若いし男だというのに、随分手際がいいんだな、と見てるのが興味深くなりカウンター越しに眺める。


「あんたはテレビでも見て座ってろよ!すぐ作っちまうから」

「見てると邪魔か?」


「別に邪魔じゃねぇけど、つまんなくないか?」

「いや、楽しい」


そう言うと、政宗は屈託ない笑顔で笑い出した。


「あんた、ほんと変わってるな」

「そうか?」

「そうだろ、だって男の料理してるの見て楽しいとか」


そういうものか、なんて思いながらも本当に楽しいと思ったのだから、他に説明のしようがない。


他愛のない会話をしている間も、政宗の手元は素早く動いていて、あっという間に3品もの料理が出来上がっていた。


「本当に大したもんだな・・・料理よくするのか?」

「随分久し振りだけどな。自分の為には作らないから」

「?」

「誰かにつくって、食べてもらうのが好き、ってこと」


「なるほど」


そう答えたが、やはり先程の話を引き摺っていて、自分の為に作ってでも食べろと言いたくなる。


「片倉サンも、料理すんだろ?結構道具とか揃ってるし。あ、彼女か?」

「いや、俺のだ。どうも外食ばかりだと栄養が偏るからな、たまにだが作るようにしてる」


「へえ!顔に似合わねえ」


政宗は暴言を吐いてぷくくっと笑っている。


そう、小十郎の顔は、確かに料理の柄じゃないと言われても不思議ではない。

鋭い目と意志の強い眉のせいで、あまり穏やかな顔とは言えないし、若い頃に怪我をして頬に大きな傷があった。

おかげで、そちらの方面の人間と勘違いされた事は一度や二度ではないのだ。


「ほっとけ」


そう口にするが、政宗の生意気な歯に衣着せぬ物言いが嫌いではないと思った。



政宗は笑いをこらえるようにして出来上がった料理のお皿をリビングに運び始める。

それに倣って小十郎も残りの皿や箸を持って行く。


テーブルに並べた料理を見て、改めて感心した。


「コンビニ弁当がこんな豪華な料理に変わるとはな。感謝しなくちゃいけねぇな」

「何いってんだよ、元々あんたの家の材料だし。でもお礼できて良かったぜ」


口調は丁寧じゃないし寧ろ生意気だが、実の性格は義理堅く律儀なようだ。


「じゃあ遠慮なく。」

「ドーゾ」


料理は、豆腐と挽肉・しめじ・ネギなどがしょうが味に炒められている物に、だしのきいた玉子のお吸い物、レタスの炒飯などで、どれも和風の味付けになっている。


「美味い・・・」

「濃さとか、大丈夫か?」

「ああ、丁度良い」


それを聞くと安心したのか、ようやく政宗も箸でつつき始める。



二人で、ビールを飲みながらの遅めの夕飯がはじまった。


本当にどれも美味しく、感心しながら箸をすすめていると、ふと正面からの視線を感じる。

顔をあげると、政宗がじっとこちらを見ていた。


「なんだ?美味いぞ?」

「Ha、それはもうわかったよ」


くすくす、とさも楽しそうに笑っている。


「なんか、片倉サンて、いい旦那さんになりそうだよな」

「なんだ急に・・・それを言うならお前はいいお嫁さんになりそうだな」


軽い気持ちで茶化すように言った。

すると、政宗の頬がほのかに染まってあたふた慌てはじめる。


「な、なんでそーなるんだよっ!俺は素直に褒めただけだろ」


なにをそんなに慌てているのか不思議だが、ごく自然に可愛い奴だな、と思い頬が緩む。

するとますます顔を赤らめて「笑うな!」と怒られた。




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