不思議と気味は悪くない。

むしろ呑気な事に、一番気になったのは、己の驚いた反応に対して政宗がどう思ってしまったか、という所だった。

傷つけてしまったかもしれない。


小刻みに震える耳はすっかり垂れ下がり、尾は力なく揺れていた。


妖しの類なのかわからないが、人間でない事は想像がついた。

だが、危害を加えようとしたり、なにかを企んでいるわけではないだろうと本能で感じる。


「政宗・・・?お前は一体」


びくり


声をかけると、思っていたよりももっと警戒している様子だった。

その怯えた仕草がひどく可哀想に思える。


「怖がるな」

「・・・!怖がってねえ」


小十郎は、元より動物が苦手ではない。

むしろ強面の外見というだけで、自分を初めから恐れたり訝しがる人間に比べたら、動物はよほど素直で心を曝け出せる存在であった。


そのせいで動物の方にも好かれる事が多い。


「大丈夫だ」


ゆっくりと、距離をつめて。

怖がらないように、顎の方に手を忍ばせて、後ろに回した方の手で頭を優しく撫でてやった。


「・・・っ ・・・恐ろしくはないのか・・・?」


政宗が戸惑った声音で聞いてくる。


「なぜ?」


宥めるように、ゆっくり髪の毛を梳く。


「そりゃあ・・・俺がこんな姿で」


やはり、小十郎の直感通り、なにか悪巧みをしているわけではない。

ただ拒否されるのではないかとビクビクとしている健気な子にしか見えなかった。


触れる事が拒否されなかったので、そのまま髪を撫でるように自然に耳も撫でてやる。


「恐ろしいというより、これはどっちかってえと・・・可愛い、とかいう方じゃないか?」


すると、不安げに揺れていた政宗の瞳が見開かれて、頬が真っ赤に染まった。

「っ 馬鹿言ってんじゃねえぞ・・・っ!お前、やっぱり変な奴・・・!」


ふい、と横を向いて心なしか頬を膨らませる。



他の人間の目にはどう映るのかは判らないが、小十郎から見たら、やはり政宗は可愛い存在だと思った。


「・・・ここで暮らすか?」

「は?!」


「家族と折り合いが悪い、と言っていただろ?無理にというわけじゃねえが・・・」


ペットのようなノリで誘っているように感じ取られてしまったかと、少し慌てて説明した。


「気持ちは有難いが、必要ねえ・・・Thank youな」


短く、返事をする表情が僅かに歪んでいる。


小十郎自身、何故唐突にそんな言葉を言ってしまったのかわからなかった。


もしも。

もしも好意を寄せる相手ができたとしても、出会ってその日に一緒に暮らそうなどと誘う事は有り得ない。


ならばこれはなんだ?

政宗が人間じゃないから?

人間であったならばこんな無謀な事を口にしていなかっただろう。


つまり政宗を人間でないもの、例えば動物―――ペットとして扱っているという事なのか。



はあ。

一つ溜息をついて首をふった。

そうじゃない。


「唐突に変な事言って悪かったな」

「hum 別に構わないぜ。面白い奴って思っただけだしな」


先程の翳りが見間違いだったかのように政宗は笑っていた。

そして、酒の名残で少しだけ足元をおぼつかせながらも、ベッドから立ち上がった


「さてと。世話になったな」

「どこ行くんだ?」

「どこ、って 帰るに決まってんだろ?」


こんなナリでも普通の生活を送ってんだぜ?とおどけて振り返る。

その姿はもう人間に戻っていた。


「もう電車動いてねえぞ?」

「こっから歩ける距離なんだよ」

「・・・・・・」


引き止める理由はない。

道端でたまたま出会っただけの間柄だ。


「なんだ?寂しーのか?」


くつくつと笑いながら、悪戯っぽく笑う政宗の顔をただ見詰めるばかりで、反論はできなかった。


するりと、白い腕が近づいてきたかと思うと、頬に柔らかなものがあたる。


「bye、小十郎」



あっという間の出来事だった。

引き止める間もなく、窓からひらりと身体を投げ出して。

人間でないとわかっていても、ここは2階だ。


慌てて窓に駆け寄れば、外の道を走り去る背中は夜の闇に消えてしまった。



先程唇が触れていった頬の傷があたたかく感じる。


ぽたり、と床に雫が落ちて、涙が流れたのだと初めて理解した。




□■戻■□

ひろいねこ・2へ続く