「政宗様!!!!」
姫が身を隠すように入っていった林の中で、小十郎はその白い腕をつかまえた。
「Shit!ばれてたのか」
優雅で艶やかな美しい姫君・・・は、主の政宗であった。
「当たり前でしょう!なんて格好をしてらっしゃるのですか!他の者に気付かれたら如何なさるおつもりでっ」
振り向いた政宗の顔は、慌てる小十郎をよそに至極楽しそうだ。
「いーじゃねぇか!小十郎、お前だから見破ったんだろうが。この完璧な変装をよ!」
「・・・・・・・・・」
確かに、その変装は口さえ開かなければ、伊達軍の兵にも気付かれないだろう。
・・・下手したら親族でも気付かないかもしれない。
結った髪は、綺麗に撫で付けられていて艶やかであり、簪に隠れて毛先が短い事も目立たない。
紅をさした唇はいつもよりふくよかになっているし、化粧を施した瞳は黒目がちに見える。
「美しいですな・・・」
「・・・!・・・恥ずかしい奴だな・・・ま、なら問題ねぇだろ」
小十郎が率直な感想を言ってのけると、唐突な言葉に政宗が少し頬を染めた。
そんな姿も、普段の主からは想像しがたい可憐そのもの。
「ですが、それとこれとは話は別です。供もつけずに城の外で何をなさってるので?」
「・・・Ha!いつも城の外では変装しろって言うじゃねぇか!」
言いつけを守ってやったのによ!と口を膨らませている。
「・・・政宗様・・・変装というのはですね、町民のような目立たない格好をするようにお願いしているんです!誰が女装をしろなどと申しましたか!!」
声が林に響き渡り、近くで怒鳴り声を浴びた政宗は耳を押さえた。
「小言はいーだろ!もう来ちまったんだから!今はお前がうるさく騒がなけりゃなんの問題もねえ」
「・・・・・・」
小十郎は小言が言い足りないという顔をしていたが、ようやく諦めた。
「わかりました、過ぎた事を言うのはやめにしましょう」
「OK!そうこなくっちゃな」
「では、帰りますぞ。姫」
「What?!今来たばっかだぜ」
「何故、そのような姿の貴方を野放しにせねばならんのですか」
小十郎は、政宗の腕を掴んで城の方向に向かおうとする。
「ノリわりぃぜ、小十郎・・・この準備をするのにどれだけ時間がかかったと思ってるんだ」
「それは貴方様が勝手になさったこと」
まったく取り合わない様子にげんなりとするが、勿論ここで簡単に諦める政宗ではない。
「・・・俺は、お前と堂々とこうしてみたかっただけだ」
誘うように上目を遣って、ゆっくりと小十郎の首に腕をまわしてきた。
その白い腕を見せ付けるように。
「政宗様・・・お戯れを」
制止の言葉も構わずに、舌で唇をなぞる。
引き剥がそうと抵抗したが、政宗の腕は太さがなくとも六爪を操る腕。
加減した力で外れるはずもなく、ますます絡まってきた。
「まさむ・・・っ」
口を開いたところを狙ってその舌が入り込んで、唇同士が深く繋がり合った。
「こじゅう、ろ」
口付けたまま名を呼ばれ、小十郎の腹の下にじわじわ熱が集まってくる。
「政宗様・・・」
小十郎の抵抗の力が弱まった頃、ようやく唇が離された。
「・・・大体、女の格好をしたところで、このような振る舞い他人の前で出来るはずがないでしょう・・・」
呆れたように、強引で我儘な姫にぼやいてみる。
「Shit!!!お前の小言は聞き飽きた・・・んんっ」
だがすぐに、お返しとばかりに政宗の唇をふさぎ返す。
また延々と小言を言われる事を予測していたのだろう政宗は、目を見開いて唖然としたまま口付けを受けていた。
その様子がまた可愛らしくて、ちゅ、と音をたてて唇を離す。
「な・・・っ」
普段、部屋以外で小十郎から口付けをする事はほとんどない。
「おま、えっ 今日の俺の事、やっぱり女のように見てやがんな?!」
顔を赤らめた政宗が憤慨した。
「いいえ、そのような事は。??・・・何故そう思うのです?」
「そんな、女にするようなkiss、しやがって・・・」
主の妙な言い掛かりに、思わず笑みが零れてしまう。
女のように見て甘い口付けを与えたわけではないというのに。
「そもそも畑で俺だってわかったのも、髪押さえるフリで右目隠したってわかったからだろ?」
今日の政宗は、隻眼だと目立たないようにする為だろう、眼帯をつけずに長めの前髪を斜めに流すような髪型をしていた。
「・・・ええ、確信をもったのはそこでしたが、正面でお顔を見た時にはわかっておりました。 腕の筋のつき方もまさしく政宗様のものと」
「腕っ?」
幼い頃からずっと共に過ごしていれば、肉親以上に近しい存在にもなり得る。
心を通わせあう仲なら尚のこと。
「・・・とにかく!それまではこっちの事ぽや〜っとした顔で見やがって!つうかその前には畑で女はべらして肩なんか揉まれてたしよ!」
俺のいない所ではそれなりに女とよろしくやってんだな、などと言って可愛い悪態をついている。
「・・・妬いてらっしゃるので?」
「ち、ちがう。そうじゃあねぇ」
「だから他の者に見せ付けるように、俺に手を振ってくださったのでしょう?」
「ばーか。あれは嫌がらせだ!」
「仮に見惚れていたとしても、相手が政宗様ならなんの問題もありますまい?」
小十郎は、可愛い嫉妬に身を焦がす政宗を、慈しむような瞳で見詰める。
「ち。気にくわねー」
もう一度小十郎は、ちゅ、と口付けた。
「っ!だからなんでそういう!」
「政宗様が、そのような姿でいらっしゃるのがいけないのですよ」
「は?やっぱり女にみたててやが・・・んっ」
またしても、ちゅ、と口付け。
「〜〜〜」
「おかしな政宗様ですね。ご自身に嫉妬されているので?」
「・・・・・・」
「女としてみて興奮しているのではなく、政宗様がそのような格好をされているのを見て興奮しているのですよ」
こうふん?
と幼子が言葉をそっくり返すような響きで繰り返した。
ふ、と少しだけ眉尻を下げ
「そう、興奮です。この責任はとってくださいますか?」
と耳元で囁いた。