姫のめごと。






空がどこまでも蒼い。


ぽつりぽつりと浮かぶ雲の白とその蒼が、なんとも爽やかな心地にさせてくれる。


「片倉様―!お茶がはいりましたぞー」

「ああ。有難い」


小十郎は趣味の畑仕事の手を休めて、声をかけてくれたご老人を見やる。

傍らには、頬を染めた若い娘が数人。



「片倉様、ご一緒に甘味なども如何でしょうか」

中の一人がおずおずと声をかけてくる。


鈴のなるような声―――とでもいうのだろうか。

ふと違和感を覚える。


伊達軍はそもそも男の集団なので、圧倒的に男の声を聞く事が多いせいか。


「冷えた西瓜も御座います」

「さあ、どうぞ、あちらに敷物を敷きましたゆえ」


今度は艶やかな黒髪の娘と、瞳の大きな娘が口を開いた。


艶のある声、柔らかな声。



だがどれも違和感を感じる。


ああ、今日は政宗様のお声を聞いていない。



そう思い当たって、やれやれと自分自身に呆れてしまった。


「片倉様・・・如何なさいましたか?」

「・・・いや、何でもねぇ。有難く頂くとしよう」


今日はたまの非番、というやつだ。


いつもは合間を見て早朝だけ畑の手入れをしているのだが、丸一日の休みを貰った為に今日は一日畑にいる。


同じように畑を手入れしている者達の親切で、たまに小十郎の畑も手伝ってくれるのだ。

そのうえ差し入れまで準備してくれている。


促されるまま敷物の上に腰をおろし、手渡された麦茶に口を寄せる。


汗をかいた為、身体に水分が染み入るようだ。



「あの・・・宜しければ、肩をお揉みいたします・・・」


一息ついていた小十郎に、一人の女が申し出てきた。

うまく断ろうとするものの存外強引な押しに断りきれず、もうその指は肩の上に置かれていた。



「片倉様!お次は私にも肩を揉ませてくださいませ・・・っ」

「で、では、その次は私が・・・!」


好意は有難いが、正直対応に困ってしまっていた。


「いや、もう十分だ」


よく女からもてはやされるのは、奥州筆頭の最も信頼される腹心であると名高いこと。

そして男らしく恵まれた体格。

頬傷があるものの、鼻筋の通った男前な容姿。


すっかり周囲の百姓の家の娘達にとって憧れの的になっていた。




「おお、なんと。片倉様、ご覧ください」


娘達の取り合いの渦中で困り果てている小十郎に、老人がのんびりと声をかけてきた。


それとなく助け舟をだしてくれたのかもしれない。



老人の目線の先を辿ると、畑ひとつ分離れた先に一人の女が佇んでいた。

蒼い空を仰ぎ見ている姿は、とても絵になっている。


小十郎が目線をやったのを合図に、娘達も皆その女へと注目する。



畑の田舎道には似つかわしくない上品な女。

美しく描かれた鳥と花の柄をあしらった着物を身につけ、髪を横に纏めた先には飾りのついた簪をさしている。


「随分、華のある娘さんじゃなあ。どこかの姫さんですかね」


「・・・そのようですな」


勿論その艶やかな身なりから察するに、姫君であろう。


だがこの近辺ではみかけた事もないような着物は、京の都を連想させるような華やかさ。


遠方よりはるばる訪れている姫なのだろうか。

それにしては共の一人もつけずにいるのは些か不自然だ。



小十郎も、その謎の娘に目を奪われていた。



すると艶やかな姫は視線に気がついたのか、優雅な動きでこちらへ身体を向ける。


そしてふわりと吹いてきた風に舞う袂や髪。

片方の手で髪を押さえる仕草は、色の白い腕をあらわにする。


一連の動きが舞いを踊っているかのようだ。



いつの間にか畑の娘達も、その姿に憧憬の目を向けている。


そして、その姫君は小十郎に向かって手を振ってきたのだ。



「片倉様、あちらの方とお知り合いなのですか?」

一人の女が興味津々とばかりに尋ねてくる。


小十郎が口を開けずにいると、姫は舞の続きを踊るかのようにふわりと背を向けて足早に離れていった。



まるで、

追いかけてきて。



そう言うように。



小十郎は何も言わずに立ち上がると、その背中を追っていった。


「あっ 片倉様―っ」


小十郎の意外な行動に一同は唖然としていたが、きっと想いをよせる姫なのだろう、と皆そう納得したのだった。


もちろん畑の娘達は、少々寂しげであったが。





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