あった、かい・・・
ふと頭に触れる優しい感触。
のろのろと重たい瞼を動かす。
「ん・・・こじゅ・・・う、ろ」
「はい。此処に」
すぐ側で聞きなれた声がして、梵天丸の意識は一気に浮上した。
「あ・・・?」
どうやら暖かい春の陽気に、眠ってしまっていたようだ。
閉じていた瞳には、柔らかな日差しですら眩しい。
起きぬけの眠たげな左眼を動かすと、声の主が微笑んでいた。
「読書の途中で眠ってしまわれたのですよ」
ふと視線をずらせば、自分の腕の下で開いたままの書物が下敷きになっていた。
ここは小十郎の部屋で、読書がしたい、と押しかけた事を思い出す。
当然、目当ての書物を部屋に用意させるから、と自室での読書を提案されたし、小十郎と一緒がいいと言えば、ならば小十郎がそちらへ参りますと説得された。
小十郎の部屋がいいんだ。そう言って譲らなかった。
表向きは、小十郎の部屋にちゃんと入った事がないから少し居てみたい、なんて言って
どうにか「少しだけ」の時間を手にいれたものの、本当の理由は違う。
小十郎は、梵天の父輝宗の遣いで数日屋敷を離れていて、それが今日ようやく帰ってきたのだ。
傅役になってから、こんなに顔を合わせなかったのは初めてで。
絶対口には出さないが、寂しかったのだ。
だが、戻った報告をするなり、小十郎は溜まっていた仕事をする為自室にこもってしまった。
呼び出せば応じてくれるだろうが、邪魔はしたくない。
だから、ただ同じ部屋で側にいるだけでいい、なんて健気な事を思い立ったのだ。
「あー・・・仕事・・・終わったのか?」
「はい。起こしてしまい申し訳ありません」
小さな身体を起こすと、小十郎の口元が緩んでいる事に気がつく。
「・・・なんだよ」
「いえ・・・」
「・・・・・・」
何かある、と勘付いて、無言で睨みつけてやった。
「その・・・寝顔が可愛らしくて、つい」
「寝顔・・・っ?馬鹿、そんなの勝手に見るなっ!」
部屋に押しかけて勝手に眠りこけたのを棚にあげて、言いたい放題だ。
「凄く嬉しそうに笑っておられました。何か良い夢でも?」
照れ隠しに怒る梵天に構わず、まだ口元を緩めている。
「夢・・・?見たような気もするけど・・・覚えてない」
「そうですか。先程起こしてしまった時に忘れてしまわれたのかもしれませぬ」
「忘れる・・・?ものなのか?」
「ええ。起きたばかりの時は覚えていたのに、しばらくすると夢の内容を忘れてしまう事がありますでしょう」
「ん。確かに、あるな」
「気持ちよさそうに寝ておられたので、今しばらくこのままで、と思ったのですが」
ふと、さっきまで頭を撫でられていた事を思い出す。
確かに、起こすつもりならばいつもの朝のように声を張り上げるだろうし、行儀悪くうたたねをすれば小言の一つでも言われそうなものなのに。
どういう風の吹き回しだよ、と毒づきながらも、寝顔を見ながら頭を撫でているところを想像して、照れくさくなった。
たまには素直に甘えてやってもいいかな、なんて気分にさせるには充分だ。
「どんな夢だったのかお聞かせいただきたかったのに、残念ですな」
「ああ・・・。・・・その」
「はい?」
「・・・小十郎と居ると・・・安心して、眠くなっちまう」
「は?」
言葉にして甘える事は、そんなに得意ではない。
本当は、いつも側に居てくれる小十郎に礼を言ってやりたくて、どうにか口にしたのは
少し頓珍漢な言葉。
拙い言の葉にこめた気持ちを汲み取ったのかどうか、ただ「有難うございます」と笑われて。
恥ずかしさに頬が赤くなり、咄嗟に小十郎の肩に顔をうずめた。
「小十郎は自惚れてもよろしいのですか?梵天丸様」
「・・・なにが?」
落ち着かせるように大きな手で背を撫でてくる。
「小十郎がいなくて、お淋しかったのだと」
「!」
頬の赤みを隠す事も忘れて、勢いよく顔をあげてしまった。
「ぼ、梵天はもうそんな子供じゃない!」
だがそんな言葉にも動じずに、目の前の顔は微笑むばかり。
「そうですか。てっきりこの小十郎と同じ気持ちでおられたのかと期待してしまいました」
その言葉が意味する事に気がついて、梵天は口をぱくぱくとさせた。
「う・・・そりゃ、少しだけ・・・なら、淋しかった・・・」
今度こそ甘えるようにきゅう、としがみつくと、答えるように優しく背中に手が回る。
「勿体無きお言葉」
「・・・ん」